第34話 ヴンダール迷宮 第5層 第3休息所 ④
「君は見てたのか? 一部始終を」
おれはアイラに胸当ての着用を手伝ってもらいながら、小声でささやいた。
「ううん、途中から」
「あの男、どう思う?」
「ドクトゥスの? 私が見たときには、もう正気ではなかったけど」
「だったらイグの行動に、何か不穏なところはなかったか?」
「うーん、特には……でも、ドクトゥスの人たちが無茶をしたってのは、個人的には疑問に感じるところかな」
「なんだ、知り合いだったのか?」
「直接的ってわけじゃないけど、あのクランに所属していた魔術師たちは、どちらかと言うと、机の上が仕事場って感じの人たちが多かったから、命のリスクを冒してまで第6層へ立ち入ろうとするとは思えなかった」
「何か裏があるかもしれないってことか」
「さあね、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。どちらにせよ、今の状況は私たちにとって悪いことばかりでもないと思うよ。不幸な事故によってドクトゥスの探索者たちは戻らなかったけど、犠牲者はそれだけで済んだし、第6層のあれに攻撃を受けると何が起こるのか、大体の推測はつくようになった」
「つまり探索方針は今までと何も変わらず、分厚い障壁の中に閉じこもるしかないってことか」
「そうだね……」
アイラは悲観的なおれを諫めるように、胸当ての紐をきつく縛ると「あ、そういえば」と声を上げた。
「イグの義手、あれやっぱりアーティファクトだったよ」
「あいつ、第6層では使おうとしなかったな。どういう仕掛けだ?」
「まだ確実とまでは言えないけど、届かないはずの拳が、当たってた」
「使ったのは一回だけか?」
「うん、その一発でレボンの息の根を止めた。しかも障壁の上から」
「凄まじい威力だな」
イグの動向には常にテリアの思惑が隠れている。何を企んでいるのか、動向を注視する必要があるな。
おれは出発の準備を整えると、天幕から出た。死体はちょうど休息所から運び出されようとしているところで、すれ違うように休息所に戻ってきたニーナとカレンシアが、そしてギルド職員との話し合いを終えたイグが集まり、そろそろ二日目の第6層探索の始まりかという雰囲気を形成した。
「スピレウスとリンタキスはどうした?」
「先に第6層前へ行っています」
イグが答えた。
「どうして?」
「リンタキス氏から、探索の下準備をしたいとの申し出がありましたので。スピレウス氏に関しては、万が一何かあったときの護衛役として同行していただきました」
「そうか」
リンタキスは自分の障壁が、あまり効力を発揮しなかったことに対して酷く気を落としていた。おそらく埋め合わせのために、今頃、扉の向こうから煙を大量に撒いているのだろう。
おれは食前に丹念に研いでおいた剣をもう一度確認すると、休息所に居る全員に聞こえるように出立の鬨を上げた。
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