第33話 ヴンダール迷宮 第5層 第3休息所 ③
好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ。今朝死んだのは紛れもなく探索者だったが……。
おれは休息所の出入り口付近で絶命している男を見下ろしながら、少し遅い朝食を頬張っていった。
「何なんだこれは」
おれが朝食のパンを手に持ったまま指し示したため、第一発見者であろう男は、おれがパンの味付けに対して文句をつけているのか、それとも死体に対して思うところがあるのか計りかねているようだった。
「申し訳ありません、温め直します」
そして二者択一を外し、見当はずれの答えを述べたため、おれからパンを口に突っ込まれ、無能のレッテルを張られることになった。なので死体についておれに説明をしてくれたのはイグだった。
「この死体はドクトゥスというクランに所属していた。レボンという名の男でした」
「
おれは鼻で笑いながら、記憶の中からそのクランについての情報を引き出そうとしていた。確か魔術師だけが集まった特殊な中堅クランだったように記憶しているが……。
イグに確認すると「ええ、そのとおりです」と相槌を打ち、会話を続けた。
「今回の探索では様々なクランから後方支援の探索者を派遣していただいておりまして、ドクトゥスからも数人の探索者を派遣してもらっています。彼らに委託している業務は主に第4夜警時における休息所周辺の警らなのですが――」
「その時間帯に何かトラブルがあったってことか」
「どうもこの者たちは好奇心に勝てなかったようです」
まさか……おれは死体をまじまじと見た。
「ドクトゥスのメンバー数人が第6層に忍び込むところを、ギルド所有の奴隷が目撃しておりました」
イグの心苦しそうな視線を追うと、先ほどの無能に行きついた。おれに突っ込まれたパンをむしゃむしゃ食いながら、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「目撃証言の信憑性から論じた方がいいかもな」
「ともかく、彼の証言を要約すると、ドクトゥスのメンバー数人は警ら担当の時間中に第6層へ忍び込んだようですが、戻ってこれたのはこのレボンという男だけだったということです。もっとも、彼もすぐさま殺されることになったのですが……」
「殺したのは誰だ?」
おれの質問に、イグはあっけらかんと答えた。
「私です」
ふむ……おれはいよいよ訳が分からなくなってきた。
「どうして殺したんだ」
「彼はもう正気ではなかったからです。見張りの者に危害を加えようとしたので、やむなく」
既に物言わぬ死体となった男の体には目立った外傷はなかった。しかし、おれが死体の来ていたローブを捲りあげると、胸のあたりが大きく変色しているのが見て取れた。おそらくは内出血だろう、そしてこれが死因だと考えるのが無難だ。
「鈍器で殴って殺したのか?」
おれはイグに向かってなるべく非難がましくないように尋ねた。
「そんなところです。無力化するだけのつもりだったのですが、加減できるほど弱い相手ではありませんでした」
それはそうだろう。ドクトゥスは規模こそ小さいクランだが、構成員は皆そこそこ腕の立つ魔術師ばかりだと聞く、だが、そんな相手をイグが一人で倒したのか? 義眼のアーティファクト、それほど使いこなせているようには見えなかったが。まだ隠しているアーティファクトを所持しているということか?
「いつまで睨めっこしてんの、お寝坊さん」
死体のローブを丁寧に整えていると、後ろからアイラに声をかけられた。
「早く準備しよ、今日も挑戦するんでしょ?」
「そうだな……」
ドクトゥスの連中が何を考えていたのか。イグはおれに何か隠していることがあるのではないか。腑に落ちないことはいくつかあったが、ここでの追及は意味をなさないだろう。おれは立ち上がり、イグに礼を言うとアイラと共に天幕に戻って着替えることにした。
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