第32話 ヴンダール迷宮 第5層 第3休息所 ②

 しかしながら、新たなメンバーにイグを加えた2度目の挑戦も、期待したような成果を上げることはなかった。

 デイウスから引き継いだイグの義眼型アーティファクトによって、敵の進行方向や数はわかるようになったものの、いくら撃退しても次々と湧いて出てくる相手に、結局は撤退を余儀なくされる。


 せめてこれが魔術だとすれば、使用者がどこかに居るはずで、そいつの魔力にも限度があるだろうと、持久戦に持ち込んだ3度目の挑戦も、先に根負けしたのはおれたちだった。


「今日はこれで終わり?」


 探索を終え、満身創痍の状態で休息所に逃げ帰ったおれたちを、ニーナは笑顔で迎えてくれた。何がそんなに嬉しいのか。


「見りゃあわかるだろ」おれはぶっきらぼうに答えた。


「お疲れさん、大変だったみたいだな」


 軽食の用意や武具の点検で、せわしなく動き回る奴隷やギルド職員に混じって、ダルムントが労いの言葉をかけに来た。確かダルムントはこの休息所に集まる関係者たちを守るため、周辺の警らを担当していたはずだ。戻ってきているということは時刻はとっくに夜警時を回っているということなのだろう。


「厄介なことになってる。フィリスの記録どおりだ」


「どこまで進むことができた?」


「縦穴の手前までだ。しかもまだ梯子の設置はできてない」


「それじゃあ先は長くなりそうね」


 ニーナがダルムントを押しのけて、おれの隣に座った。すぐさま下働きの班員たちがニーナの分の飲み物を用意する。現在この第5層の第3休息所には探索者、ギルド職員、治療師だけでなく、料理人や竪琴引きの奴隷。そして誰がどこから連れてきたのか会計士まで、総員50名を超える人員が駐在している。探索ギルドは今回の挑戦にそれくらい力を入れているということだ。

 悪い方向に捉えるのなら、ある程度の成果を上げない限り地上に戻るなということでもある。


「今日はもう何も考えたくない」


 おれは用意された食事を胃に流し込むと、休息所内に設営された天幕に逃げ込んで横になった。迷宮の最前線にある休息所とは思えないほど、ここは設備も物資も整っている。この場所を足掛かりに、第6層のどこかに休息所を設置するというのが今回の探索における最終的な目標だ。


 おれは目を閉じ、今日一日のことを振り返った。あの人型のエーテルの塊どもは一体何なのか。生半可な障壁では止めれないほど魔術抵抗が高いが、そもそもあいつらこそ物理的な攻撃手段を持っているのか? フィリスの記録ではあれに触れると体の自由が奪われると書かれていたが、実際のところどうなのか。いくつか試したいことはあったが、いずれもリスクが付きまとう。結局のところおれにできることは、明日も一日かけて比較的安全な持久戦を繰り広げ、あいつらの数が減るのを待つという、消極的な探索方法だけしかなかった。


 そんなことを考えながら、少しずつまどろみの中に沈み込もうとするころ、数人の人間が同じ天幕の中に入ってきたことに気が付いた。腕輪からでる香りでそのうちの一人がニーナだということはすぐに分かった。そしてこいつが今夜一番の問題児になった。


 ずっと休息所でごろごろしながら時間を潰していたのだろう。おれを含めた天幕の人間が疲れて泥のように眠る中、こいつだけが寝付けずに何度も寝返りを繰り返した。


 そしておれはその度に浅い眠りから起こされ、苛立ちと共に毛布をかぶり直すこととなった。おかげでおれは寝坊し、その間にとんでもない計画が実行に移されていた。

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