第30話 ヴンダール迷宮 第6層 ④

「新手だよ! リンタキス、障壁張って!」


 リンタキスが慌てて煙管に火をつけようとしている間、おれはアイラの視線を追っていた。エーテルに目を凝らすと、祭壇を中心に噴き出すエーテルの流れに乗じてこちらへ向かってくる複数の物体が見えた。遠目で確信は持てないが、おそらくは人型だ。そしてその体の構成要素は、エーテルそのものだった。ただ周囲のエーテルとは明らかに異質の色合いをしているが。


「またかよ!」


 リンタキスは悪態をつきながら煙をふかすも、人型の物体がこちらへ向かってくるスピードと、煙管から出る煙の量には釣り合いが取れているとは思えなかった。リンタキスもそれは分かっていたのだろう。先ほどよりも薄い煙を強引に広げると、それを障壁として固定した。その結果どうなったか? 言わなくても分かるだろう。


「次、カレンシアの障壁が割れたタイミングで撤退するぞ」


 リンタキスの煙は一瞬で突破されてしまったため、内側からアイラとカレンシアで多重障壁を展開する形になっていた。こうなっては攻撃手はおれかスピレウスしかいない。おれの攻撃は障壁ごと破壊してしまうだろうし、スピレウスの攻撃が通用するかは賭けになる。


「撤退前にもう一度、煙を撒く。長くは持たないだろうが、全員が扉から引き返すくらいの時間なら稼げるはずだ」


 リンタキスはおれの撤退宣言に、申し訳なさそうな顔でそう述べると、煙管から煙を放った。もちろん煙の量は先ほどより少ない。


「アイラさん、もう無理、次お願い」


 無数のエーテルの塊が、障壁に張り付いて一心不乱に叩き続けていた。カレンシアの障壁が破られ、内側を支えていたアイラにその役目がまた戻る。カレンシアがアイラの裏から障壁を張り直そうと詠唱を始めていたが、それを遮るようにリンタキスの煙が割り込んできた。


「手の空いた奴からこっちへ!」


 スピレウスが後方の扉をあけ放ちながら叫んでいた。フィリスの記録によれば扉を超えてまで追いかけては来ないとのことだった。おれはカレンシアの手を引き、スピレウスに託す。アイラの障壁が割れた。


「リンタキス! どのくらい持つ?」


 煙が大きく揺れた。


「持たない!」


「二人とも扉へ、急げ!」


 おれはアイラとリンタキスを下がらせると、装剣技を発動させた。煙の揺れから敵の位置を推測する。全部で6体。距離はおおよそ10メートル強。メロウの涙から追加で魔力を取り出し、二重装まで装剣技を引き上げる。煙がまた大きく歪んだタイミングを狙って、無我夢中で剣を振りまくった。


 煙に幾本もの筋が通る。辺りは急に静かになったが、煙が晴れるまでここに残って確認するほどの勇気はなかった。


 おれはそうっと後ずさると、スピレウスに背中を引かれるに任せて第6層から逃げ出した。

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