第29話 ヴンダール迷宮 第6層 ③
扉を開けると同時に、カレンシアが発光魔術を放った。
辺りには真っ白な光が駆け抜けたが、煙が充満しているためおれたちの目には何も映りはしない。
「早速お出ましだ!」
その中で、リンタキスだけが周囲の状況を把握していた。手を大きく広げ、煙を支えようと歯を食いしばる。その直後、おれたちを包んでいた煙の帳が、前後左右からグニャグニャと歪み始めた。置かれた状況をいち早く理解したアイラが先んじて詠唱を始める。
「早く支えてくれ! もう破られそうだ!」
リンタキスが泣きそうな声で叫んだのと、アイラの障壁が展開したのはほぼ同時だった。障壁は網目模様を描きながら、まるで暴風の中に張った頼りない天幕を支えるように、内側から半円状に広がっていった。さながら骨組みってところか。煙は相変わらず何かがぶつかる度に歪んでいたものの、多少は安定したのだろう。リンタキスの表情に微かな安堵の色が浮かぶ。
事前の打ち合わせで、第6層に立ち入ったとたん攻撃を受けるということは予想出来ていた。そのために連れてきたのが防御型の魔術に、絶対の自信を持っていたリンタキスだったのだが……どうやらあてにしていたほどの恩恵は与えてくれないようだ。
「カレンシア、見えてるか?」
おれの言葉にカレンシアは頷くだけで返答とし、詠唱を続けた。攻撃を仕掛けてくるものが何者で、そしてどれほど居るのか……本来ならアイラと二人で攻撃手となる予定だったが、少なくとも状況の悪化を感じさせないほどカレンシアは落ち着いていた。虚空へ向けた杖先に集まっているエーテル量は、おれが見える範囲ではそれほどでもなかったが、長年の勘が途方もない規模の魔術の源流を感じ取っていた。おれの勘を裏付けるように、アイラが言った。
「リンタキス、カレンシアはもう十分なエーテルを集めてる。合図で障壁に穴を開けよう」
真剣な表情のまま、リンタキスの隣にアイラは移動した。
この分厚い煙の障壁は、現在安全策としてすべてのエーテルを遮断していることになっている。意図的に穴を開けてやらなければ、カレンシアがこれから使う攻撃魔術を阻害してしまうだろう。だが予想に反してリンタキスは首を横に振った。
「その必要はない。俺の障壁は気にせず好きなタイミングでぶっぱなせ」
カレンシアがコクリと頷く。
アイラは何か言いたそうにしていたが、もう議論しているような余裕はないと判断したのだろう。黙ってリンタキスの煙を支えることだけに集中した。対照的に今更何故か口を挟もうとしたスピレウスを遮るように、カレンシアがその声を響かせる。
「夜明け《アウロラ》!」
これを教えたのは間違いなくアイラだろう。ティティア派が扱う火元素では最高峰の部類に位置する攻撃魔術だが、それはおれが今まで戦場で見てきたものとは形も規模も、随分違うものになっていた。
真っ白い光の束はカレンシアの杖から離れると、煙の障壁をすり抜けて四方八方へ飛んで行く。放たれた光は煙越しでもわかるほど強く輝き、周囲に存在する何かを焼き払っているのだろうが、不思議と音は一切聞こえなかった。
しばらくして、光の束が役目を終えて隠世に還ると、カレンシアが深く息を吐きながら杖を下ろした。
「気配が消えた。一度障壁を解くぞ」
リンタキスが煙管を傾け、火皿に残った燃えカスを捨てた瞬間、周囲を遮っていた煙の天幕が、晴れた日の朝霧のようにすっと消えた。
開けた視界に映ったのは、数十メートルはあろうかという巨大な無数の柱と、その柱群の中心に鎮座する祭壇のような設備だった。すべてのものが大きすぎて、距離感が狂いそうになる。
「まずはあの祭壇を目指そう」
おれは言った。
「ここからじゃ分かり難いが、柱の向こうは巨大な縦穴になっている。中央の祭壇に行くには一度縦穴を下りて底を渡るか、穴を飛び越えるしかない。幸いにもここには空をバタバタできる奴がいるから、打ち合わせどおり後者で行く」
おれの視線を追って全員がスピレウスを見る。
「何度も練習してきた。任せてくれ」とスピレウスは頷いた。
しかし、おれたちが縦穴へ向かって足を踏み出そうとしたとき、先ほどからずっと祭壇の方向を遠く見つめていたアイラが、唐突に声を上げた。
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