第28話 ヴンダール迷宮 第6層 ②

 第6層の入口は、第5層西側の一室にある。

 薄暗い下り階段はギルドによって封鎖されており、部屋自体も分厚い木製の扉で閉ざされて久しい。


 おれたちはギルドから預かった鍵で扉を開けると部屋の中に入った。今回第6層に挑戦するメンバーは、おれ、アイラ、カレンシア、リンタキス、スピレウスの5人。フィリスの記録にあった情報をもとに選出したメンバーだ。スピレウス以外は魔術を使用することができ、スピレウス自身もいくつかのアーティファクトで武装している。もし第6層で何かあった場合も、ここから最寄りの休息所までは歩いて10分程度の距離だ。そして休息所にはフォッサ旅団のメンバーと、ニーナをはじめとした優秀な治療師たちが24時間体制で待機している。これ以上ないってくらい万全なサポートだ。


「狭い階段だ」


 おれが階段を塞いでいた鉄板をどかすと、中を覗き込みながらリンタキスがため息をついた。


「びびってんのか?」


「はあ……そんな安い挑発に乗るほど若くはないぞ」


 リンタキスは軽くあしらうと、指先に発光魔術の明かりを灯し、それをおれの指に移動させた。物質に魔術を固着させるのは、一朝一夕に成せる技術じゃない、しかもそれを他人の体に移動させるなんて。もしかして、ただ煙を操るだけの魔術師ってわけじゃないのか?


 リンタキスはおれの表情に気づくと「先頭はあんたが行け」とぶっきらぼうに述べて階段から離れた。おれはぴかぴか光る指先をアイラとカレンシアに見せびらかした。


「人体に影響ありそうか?」


「ばっちい!」


 アイラが後ずさる。


「大丈夫だと思いますけど……」


 カレンシアはそれとは対照的に、おれの指先になまめかしい吐息をあてた。


「指先に固着させるため微量なエーテルが消費されてるみたいですが、それ以外は通常の発光魔術と変わりないようです」


「それなら安心だ」


「当たり前だろう……人の魔術を何だと思ってるんだ」


 おれたちの冗談めいたやり取りに、リンタキスが呆れたような口調で苦言を呈した。


「いやいや、素晴らしい魔術だと思ってるさ。ところであんたみたいな一流の魔術師が、どうしてこんな辺鄙な都市に?」


 おれの探りにリンタキスは表情一つ変えずに無難な回答をした。


「別に、いくつか遺跡を巡って見識を広めたいってだけだ」


「そうか、だったら早く下に降りて、神秘に満ちた光景をご案内しないとな」


 おれは発光魔術の灯った指先を振りながら、階段に向き直った。ほのかな明かりに照らされることで、階下の暗闇がよりいっそう際立ち、そこから流れ出る冷気を嫌でも意識させられてしまう。


「おれの記憶では、階段は真っ直ぐ、数十メートルほど続いていたはずだ。降りきった先にはもう一つ扉がある。ギルドが設置したやつじゃなく、元々あった扉だ」


「それを開けると、第6層ってわけか……」


 緊張ですっかり口数を減らしていたスピレウスが、ようやく口を開いた。


「ああ、そこからは作戦どおりやろう」


 おれは全員の目を見回すと、行くぞと自分に言い聞かせるよう小さく呟いて、階段を下り始めた。ブーツの底を鳴らしながら、狭い階段を、おれたちは一列でゆっくりと下っていく。

 降りれば降りるほど肌に感じる冷気は強くなり、全員がマントの襟元をきつく締めた。冬のパルミニアを取り巻く寒さから逃れようと潜った迷宮で、同じくらいの冷気に悩まされるとは……この中では一番寒さに不慣れであろうおれが、第6層から吹き上げる冷気を全身で余すことなく受け止め続けているという事実に、いいかげん嫌気がさしてきたころ、指先の明かりが階段を終りを照らし出した。


「ここが入口だ」


 おれは言った。階段の終わり、銀製の分厚い扉が何か悪いものに栓をするかのように鎮座していた。これが未開の魔境と、おれたちの世界を隔てる最後の扉だった。


「始めるぞ」


 リンタキスが煙管をふかすと、辺りに煙が充満した。その煙は扉と床の間の、ほんの小さな隙間から向こう側にとめどなく流れ出ていく。目を瞑り、じっくりと味わうように煙管をふかすリンタキス。ひときわ大きく煙管を吸い込み、恍惚とした表情で煙を吐いたあと「こっちは準備できた」と呟いた。


「おーし、全員覚悟はいいか」


 おれは言った。声が若干震えてるのは寒さのせいだ。そうに決まっている。


「俺、俺はいつでも、いいぞ」


 スピレウスの方は寒さのせいではないようだ。突入前からこんな調子だと役に立つのか疑問だが、みな自分より臆病な者が居て安心したようだ。カレンシアとアイラも続いて頷いた。


「3から始める。マルスに祈れ」


 おれは扉に手をかけながら言った。


「二つ、お、お、恐れぬ者に、エーテルの、加護を」


 第6層には祭壇はないため、ニーナはダルムントと共に第5層の休息所で留守番だ。代わりを務めるのはスピレウスだが――どうやら奴はエーテルの加護を受けれそうにない。


「一つを過ぎた。最後に言い遺すことは?」


 ダルムントの代わりはカレンシア。スピレウスと順番を変えた方が良かったかもしれない。だが、締めはアイラがきっちりやってくれるだろう。アイラはいつになく真剣な顔で言った。


「お手洗い行きたい」


 おれは扉を開けた。

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