第27話 ヴンダール迷宮 第6層 ①

 市民は口を揃えて今年は暖冬だと言うが、それでもおれにとってこの街の冬が寒いということに変わりはなかった。立てたマントの襟で白い息を押さえつけ、小走りで大通りを横切ると、逃げるように駆け込もうとしたギルド本部の入口を、人々の列が覆っているのが視界に映る。


 またか……おれは辟易しながら群衆を分け入った。


 このところ探索ギルドは毎日のようにパンとスープをパルミニア市民に振舞っていた。景気がいいということを見せつけて、ギルド加入者を増やす目的か、それとも探索ギルドへの印象を変えるためのイメージ戦略か、今のところそのどちらもうまくいっているようだ。ギルドレイドから約ひと月半、ギルド所属の探索者の数は急激に増え、今では第1層から5層まで、一日を通して空いている休息所など存在しないほどだった。探索者は皆、その日手に入れたコインの枚数や、それを分け合う人数が減ったり増えたりすることに一喜一憂し、ひいてはその状況を作り出したおれに引っ付いて、更なる富を得ようとする者さえいるほどだ。


「ロドリック、時間ぴったりですね」


 受付前のアトリウム、新たに発足したおれのチームで一番乗りだったのはイグだった。


「遅れてくる奴がおかしいだけだ」


 こんな大事な日にも関わらず、残りのメンバーは時間どおりにすら来やしない。おれが更なる悪態をついていると、後ろから「心外ね」という声が聞こえた。


 振り向いた先に立っていたのはアイラとカレンシア、そしてリンタキス――おっと後ろにニーナも隠れてた。つまり時間どおり来なかったのはスピレウスだけってことだ。なんだいつものことじゃないか。


「全員揃ってるな。じゃあ出発しよう」


 おれは言った。


「スピレウスさんを待たなくていいんですか?」


 カレンシアがメンバーを見渡しながら尋ねた。


「伝言を残そう、あいつがその気になれば、すぐに追いつける」


 アーラアクィラで空中を駆ければ、昇降装置を待たずに第4層へ降りれるはずだ。


 おれたちは予めギルドに預けてあった荷物を受け取ると、迷宮への入口で待ちかまえるギルド幹部職員、そして今回のプロジェクトに金を投じた資産家や貴族たちに見送られながら、さながら戦場へ向かう英雄のように、第1層から昇降装置に乗り込んだ。


 昇降装置が下りる中、おれたちは今から行う探索について簡単な確認作業を行っていた。各々が持つ装備や物資の再確認から、戦略的な役割分担まで。

 今回、おれたちが向かう迷宮の第6層は、数年前にはその降口が第5層内にて発見されていたものの、長らく足を踏み入れて戻ってきた者は居ないとされている魔境だ。チーム内で第6層へ行ったことがある人間はおれのみ。第6層が現在の形を取ってからとなると、経験者は一人も居ないことになる。


「つまり、私たちは降りた瞬間から、その亡霊みたいな生物に攻撃される可能性があるってこと?」


 昇降装置の床に荷物を置いて、その上に腰掛けながら、アイラが不満そうな声を上げた。


「そうだ。フィリスが残した記録によれば、魔力を纏う人型――もとい不定形の物体らしい」


「その口ぶり、あんたは直接見たことがないのか? 第7層まで到達したことのある、唯一の人間なんだろ?」


 リンタキスが煙草を燻らせながら口をはさむ。大量の煙が昇降装置を纏うように漂っている。彼曰く、これで大抵の攻撃からおれたちを守れるということらしいが、第6層でどこまで通じるのかは疑問が残るところだ。ともあれリンタキスの意見はもっともだ。


「おれが第6層を探索していたころには、静かな地下神殿に過ぎなかった。最奥の巨大祭壇には鎧を着こんだ謎の戦士が行く手を阻んでいたが、それだけだ。地図はその頃に作成した」


「となると、その……亡霊? が第6層に出てきたのはそれ以降ってことか」


「そうだ。そしておれはそれ以降、第6層には行ってないから、亡霊とやらを見たこともない」


「対峙したのはフィリスだけってことね」


 アイラが言った。正確に言えば他にも亡霊と戦って生き残った者は居たが、つい最近ちょっとした揉め事の末、殺害されてしまった。ようするにデイウスのことだ。


「私もフィリスさんの記録を見たんですけど、物理的な攻撃は一切効果がないとのことでしたが、魔術で顕現させた水や炎とか、いったいどこまでが物質としてみなされるんでしょうか」


 カレンシアは今回攻撃手として参加する。どの魔術が通用して何が通用しないのか気になるのだろう。


「それも含めて、今回の探索は情報収集を中心に立ち回ろう」


 おれはそう言って上を向いた。


「ところで、そろそろスピレウスを中に入れてやったらどうだ?」


 上から空中を駆け降りてきたスピレウスが、リンタキスの煙に阻まれて昇降装置に入れず先ほどから立ち往生していた。


「言ってなかったがこの魔術、そんなに融通の利くものでもないんだ」


 衝撃の一言だった。つまり、一度展開した煙は、自分で通すものと通さないものを選べたりしないということか? バツの悪そうな顔をするリンタキス。


 ただ、その一言に最も衝撃を受けたのは、スピレウスであることに間違いないだろう。

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