第26話 魔道具《アーティファクト》 ③
「お久しぶりです、ロドリックさん」
部屋に入ってきたのはイグだったが、おれは一瞬別の人物を連想してしまい、つい腰を浮かしかけた。
「そういうのも、なかなか似合ってるぜ」
苦し紛れの皮肉に、イグは乾いた笑みで礼を述べた。
肌つやとこけた頬は、最後に会ったときより酷くなったようにも見えた。無くしたはずの左腕には義手が取り付けられ、暖炉の明かりを反射して鈍く輝いている。おそらくアーティファクトだ。どこで手に入れた物なのかはしらないが、アーティファクトのサイズに合わせるため、手首まであったはずの腕は、肘先まで切断されていた。
しかし、そんなことすら些細な問題に思えるほど、イグの左目には痛々しいほどの傷痕と共に、見覚えのあるアーティファクトが埋め込まれていた。
「左目、それをつけるために、わざわざくりぬいたのか」
おれはテリアに向かって言った。ジルダリアの戦士階級ですら、ここまでやるのはやけっぱちになった一部の奴らだけだ。自らの体を切ったり千切ったりして気軽に換装できるほど、アーティファクトってのは取り扱いが簡単な代物じゃない。特に身体に埋め込まなければならないタイプのものは強力な魔法則が備わっている分、代償もでかい。それを自分で負うのではなく、奴隷に負わせるだと……。
おれは自然と声に力が入っていたのか、それとも苛立ちが漏れていたのか、イグが素早くテリアの真横に移動しながら答えた。
「勘違いしないでいただきたいロドリック。これはテリア様の意思ではなく、私からお願いしたことなのです」
「だとしたら明らかに無理がある選択だったな。アーティファクトとそこそこ親和性のあったデイウスですら、完全にコントロール出来ていたとは言えなかった。そのままだと、長くはもたないぞ」
「そう言われ続けて、孫が生まれるまで生きた方を存じてます」
イグは真っ直ぐおれの目を見ていた。片方だけだが、覚悟の決まっている人間の目だ。おそらくは、数年以内に自分が隠世に堕ちて死ぬということも、心では分かっているのだろう。
「まあ、お前がそれでいいのなら、おれからこれ以上言うことはないよ」
それより――おれはテリアに向き直った。
「デイウスの義眼、いつのまに回収してたんだ? おれがギルドに問い合わせた時は、所在について何の回答も貰えなかった」
デイウスの付けていた義眼型のアーティファクトが、かなり強力な魔法則を秘めているということは、対峙したおれが一番理解していた。是非ともちょろまかして懐にいれようと思っていたのだが、気づいたときにはもうデイウスの瞳は何者かによって回収されていた。
「まさか盗んだって言いたいの? 勘違いしないで、正式なルートでギルドから買い取ったものよ」
「当然だ、疑ってるわけじゃない。むしろ君の手に渡っていてよかった」
これがおれと敵対する人間の手に渡っていたらと思うと寒気がする。そりゃできることならおれの手の中にあったほうが良かったが。
テリアはおれの心境を悟ってか、上品に微笑むと姿勢を正した。
「それで、分かってるとは思うのだけれど、イグは貴方たちとまた探索がしたいらしいの。連れて行って貰ってもいいかしら?」
断りたい理由はいくつでもあったが、さっき金の無心をしたばかりで、それを口に出せるほど、おれは図太い人間ではないつもりだ。
「役に立たなかったらすぐに捨てるぞ」
「もちろんです」
イグが乾いた唇の端を上げた。
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