第25話 魔道具《アーティファクト》 ②

 カッシウス邸はティベリウス門から歩くとそれなりに距離がある。テリアが少女の頃のような笑顔でおれを迎えた時には、昼下がりというには少々時刻が過ぎていた。それでも嫌な顔ひとつせず(少なくとも表面上は)簡単な軽食でテーブルを彩り直すと、テリアが直々に取り分けて客人の皿に盛った。


 おれのポケットはその頃にはすっかり空っぽになっていたため、世間話や天気の話で場を温める役目はもう一人の客人に任せて、おれは料理を平らげることに集中した。


「ロドリックさん、今日遅かったですね」


 カレンシアがおれが葡萄酒に手を付けるタイミングで話題を振ってきた。


「ギルドの追悼式があったからな、てっきり君らも来ると思っていたが」


「私たちはギルド本部で花神輿を見送る方に参加したの」


 テリアが言った。カレンシアもおれの目を見て小さく頷いた。おれはスプーンを置くと、深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんテリア様、私の認識不足で、かなりお待たせしてしまったようで」


「もう! かしこまるのは止めてと言ったでしょう。昔のように気楽に話して!」


 テリアが眉間に皺を寄せた。


「そうおっしゃるのなら、仕方ありませんね」


 おれが笑いをこらえながら顔を上げると、テリアがからかわれたことに気がついて、生娘だったころのように、可愛らしく口を尖らせた。


「それにしても、よく二人で話題が尽きなかったな」


 おれは言った。女ってのは二人以上集まれば、蜂蜜ジュース1杯で朝から晩まで時間をつぶせると聞いたが、それは片方が帝国貴族の令嬢で、もう片方が記憶喪失の魔術師でも変わらないってことか。


「ロドリックさんとテリアさんが、一緒に暮らしていた頃の話を伺っていました」


「カレンシア、それには語弊があるな。おれは帝国に囚われていたんだ」


「あら、毎日楽しく過ごしたじゃないの。中庭で一緒に剣や魔道具の練習をしたこともあったじゃない」


 テリアが拗ねたような表情を浮かべた。


「君は本当にセンスがあった。貴族にするのが勿体ないくらいだったよ」


「でも結局、貴方は私を連れて行ってはくれなかった」


 テリアの表情から、本気でおれを非難しているわけではないと分かってはいたが、あの日、おれが捕虜交換で帝都を去ったときの彼女の涙を思い出すと、ほんの少しだが罪悪感に苛まれた。


「そういえば、経費の話なんだが――」


 もちろん、今更それをおれのほうから更に掘り返すような真似して、彼女のプライドを傷つける気にはなれなかったため、話題を変えると共に本題に入ることにした。


「第5層の休息所をもう一か所追加で作ったんだが、ちょっと金が掛かりすぎちまって、君の力を貸してもらえると助かるんだが」


「先週も休息所を作ってたみたいだけど、そんなに沢山必要なの?」


「第6層を攻略するには大量の物資と人手が必要になる。確実な補給線を作っておきたい」


「第5層はまだ安全とは言えない? ゴーレムやナックラヴィ―はほとんど見なくなったって聞いてるけど」


「ああ、確かにそのとおりだ。だがスプリガンは相変わらずどこからともなく湧いてきやがる。そしてこの状況は、第5層に探索完了宣言が出されても変わらないだろう」


 テリアは仕方ないといった表情で肩をすくめた。


「貴方がそういうのなら、そうなんでしょうね。分かったわ、必要な額を後で用意させる」


「閣下、ありがとうございます」


「礼は小切手が金貨に代わってからでいいわ」


「じゃあ敬称もその時まで取っておこう」


「もう、調子いい人ね」


 さて、とりあえずこれで肩の荷が下りた。女に金の無心をするのは得意だが、好きというわけではない。だがこれでテリアの頼みをまた断りにくくなってしまったというのも事実だ。何しろ今日の集まりを提案したのはテリアのほうだ。そしてまだ彼女はその理由を何も語っていない。


「じゃあ次は私の番ね」


 テリアが鈴を鳴らすと、奥から見覚えのある男が姿を現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る