第23話 シドラの果実
おれたちの予想に反してギルドレイドはそれ以降も滞りなく行われた。わざとらしく遅れてやってきたカノキスの部隊が、キャンプに戻ろうとしていた治療師たちを引きずり戻し、王宮に留まるよう命じたのだ。大方おれがデイウスを討ったところを、どこかから見ていたのだろう。デイウスらと戦い散っていった探索者やギルド職員の遺体を片付けながら、迷いのない言葉でギルドレイド続行の決断を下した。
幸いなことにデイウスの反乱以降、ギルドレイドは大きな問題もなく進んだ。イリーニャ派は第5層に点在していた隠し部屋を無事発見して汚名返上。探索者はギルドレイドの成功報酬を貰えてうはうはだ。
しかし、おれはというと手放しに喜べる状況ではなかった。どれだけ探しても王宮に居なかったニーナは、なんと祭壇設置予定の中継地点の一つにずっと居たというのだ。つまり、おれたちがギルドレイド二日目に立ち寄った中継地点にだ。
「随分楽しそうにしてたわね」
「そうでもないさ」
おれは店主に追加の葡萄酒とオリーブサラダを注文しながら、しらを切った。
「垂幕の中で儀式をしている治療師の中に、私も居るって思わなかった?」
「思わなかった」
おれはニーナの隣で白身魚を頬張って、満面の笑みを浮かべているアイラを睨みつけた。嘘つき女め、こいつの言葉を鵜呑みにしてしまったのが間違いだった。しかし、そもそもなんでニーナが前線で祭壇建設の儀式に加わることになったんだ?
「だいたい君の役割は、王宮での待機と怪我人の治療だったはずだ」
「あら、私、大人しく貴方の帰りを待つだけの女になったつもりないわ」
「おっしゃるとおり。いつだって君はおれの言うことを聞かない女性の代表者だよ」
「なにそれ……」
ニーナが眉をひそめた。
「もう、今そんな話しなくていいじゃないですか。皆さん無事に帰ってこれたんですし、今日はお祝いの席ですよ」
カレンシアがニーナと自らのコップに蜂蜜酒を注ぎながら言った。他人事のような態度をしているが、そもそもニーナはこいつとおれが中継地点で仲良くしていたことに怒っているではなかったか? しかし、ニーナの怒りが頂点に達するより先に、ダルムントが場を取り持った。
「カレンシアの言うとおりだ。ニーナがリーダーとの約束を破って第5層に足を踏み入れていたのは褒められることではないが、結果としてその選択のおかげでデイウスたちに捕まらずに済んだのだ。それに、第5層の祭壇がこれほど早く完成したのも、ニーナの力に寄るところもあるはずだろう? そう考えると、今日の一番の功労者は……」
ダルムントは立ち上がり、コップを掲げた。反動で淵から葡萄酒が零れておれの頭にかかった。
「俺だ!」
ダルムントはそう叫ぶと葡萄酒を一気に飲み干した。追加で注文したアンフォラから更に葡萄酒をなみなみ注ぐと、それも飲み干した。ダルムントがこれほど酔う姿を見るのは久しぶりのことだった。
支離滅裂なダルムントの発言に、皆呆れながらも口元は緩んでいた。楽しそうな仲間の姿を見ると、自分まで楽しくなってくるというのは、おれたち探索者の特徴なのかもしれない。ダルムントはあの一件から、終始ご機嫌だ。デイウスの死に様は酷いもんだったが、奴には相応の報いでもあるし、ダルムントは好みの男を凌辱できて満足だったろう。そう考えればいいこと尽くしだ。
「ところで、イリーニャ派の奴らとはどうだった?」
おれはカレンシアに尋ねた。当初の目的は達成したと聞いたが、イリーニャ派はまだそのほとんどがパルミニアに留まるらしい。何か理由があるのだろうか。
「皆さんいい方ばかりでした。道中ちょっとだけですけどイリーニャ派の魔術も教えていただけたんです」
「隠し部屋を見つけたときの状況は?」
「えっと、イリーニャ派の皆さんが壁の一画で解析作業を始めて、ちょうど1時間くらいすると急に魔術紋章が浮かび上がって、壁が消えたって感じですかね」
「前におれと君が第2層で巻き込まれたときのような紋章か?」
「そうです。ちなみに内部も同様のものでした」
「ということは、ゴーレムも?」
「はい」
カレンシアは頷くと、得意げに目を細めた。
「今度は私ひとりで倒せました」
「そりゃ心強い」
だがおれが知りたいのは隠し部屋の中にあった謎の設備だ。イリーニャ派が言うにはその設備がゴーレムを作り出しているのだと言うが、実際どうなのか。
「さあ……私は専門的なことは分かりませんが、エーテルの流れだけを見ると、確かに部屋の脇にある装置から吸い込まれたエーテルが、中央の台座を通してその上に置かれているコアに移動し続けている様子は確認できました」
カレンシアはおれの問いかけに対しそう答えると「今度、ギルドに残ってくれたイリーニャ派の方に聞いてみましょうか?」と続けた。
おれは首を振った。下手に探って警戒されるのはごめんだ。今回のギルドレイドで見つかった隠し部屋は全部で三つ。イリーニャ派がパルミニアから引き上げていないことを考えると、まだあると見た方がいいだろう。
「ほら、お待ち」
真面目な話で場が冷めてしまいそうになったところで、ようやく店主が追加の料理を持ってきた。
いいタイミングだ。ドライアドの実を使用した食中毒事件で、一時は閉店にまで追い込まれたこの店だが、店主の類まれなる手腕で借金を何倍にも増やしてしまったらしい。未だに客足は戻らないが、ここを止めても行く当てもないため、半ば意地で続けているとのことだ。
「いつもありがとう」
だがニーナは相変わらずこの店がお気に入りで、店主もニーナの儚さにぞっこんだ。
「こちらはサービスです」
その証拠に、店主は頼んでもない牡蠣の蜂蜜とワイン漬けを持ってきた。牡蠣はニーナの好物の一つだ。しかし、パルミニアの近海でとれる冬の牡蠣は美味いぶん値も張る。そんなものをタダで振舞うとは、この店の廃業も近いな。
おれはニーナから取り上げた牡蠣を頬張りながら、次の行きつけをどこにするべきか考えていた。
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