第21話 ヴンダール迷宮 第4層 冥王の間 ③
デイウスが繰り出した切先は、おれの右肩に深く突き刺さった。激痛に歯を食い縛りながらも、おれは左手でナイフを投げた。ナイフは身を乗り出したデイウスの頬を掠め、肩を切り裂きながら遠くへ飛んでった。
「ちっ」
デイウスはおれの肩から剣を引き抜き後退する。おれはあまりの痛みにバランスを崩してよろめいた。
「追い詰められてるなあ! 先の決闘での不正を告白するなら、命だけは助けてやってもいいぞ」
傷の深さを手で確認しながら、デイウスは言った。
「不正? なんのことだ。それにただの相打ちだろ? 勝った気になるのはまだ早い」
とは言いながらも、おれの方が傷は深いし、血は当分止まりそうになかった。だがデイウスの義眼が万能ではないということはこれで明らかになった。先読みできると言っても精々1、2秒が限度だろう、それにあくまで視界に映った場面しかわからない。だから顔に迫るナイフは避けれても、それが肩に当たるところまでは読めなかったのだ。
「やあ、お待たせ」
しかもここでようやく真打の登場だ。これで一気に形成逆転だな。
「アイラ、遅いぞ」
おれは振り向かずに言った。
「そろそろ終わる頃かと思って来てみれば、苦戦中だったみたいだね」
「そうでもない、ここから逆転する手筈だった」
「ほう、それなら私は見物しとこうか?」
「これ以上おれから言わせるな、黙って手を貸せ」
アイラは鼻を鳴らすと、おれの背後で杖を地面に打った。直後、肩から流れる血が凍り付き傷口の熱が皮膚の感覚と共に遠くなっていく。
「少し動かしづらくはなるけど、これで止血にはなるでしょ」
「ありがたい」
そしてアイラがもう一度、地面に杖を打つと、部屋の空気が変わった。
それはデイウスにも感じ取ることができたのか、あるいはその義眼型のアーティファクトで何かを見たのか。慌てて声を上げた。
「そこまでだ! 俺を殺せば奥で控えている仲間がニーナを殺すことになるぞ!」
おれはその言葉に、全身の血が凍り付くような恐怖を感じ、アイラを制した。
「アイラ、止めてくれ」
「止めない、どうせ嘘だよ」
「君が来る前、確かに奴は治療師を人質に取っていた。既にニーナも捕えられている可能性は捨てきれない」
「心配しなくても大丈夫だって」
「いいから杖を下ろしてくれ!」
おれはアイラの持つ杖を無理やり取り上げると、デイウスに向き直った。
「これでいいか? ニーナを返せば、命だけは助けてやる」
「ああ、もちろん、返すとも……」
デイウスはじりじりと後退していく。
「杖返してよお」
そしてアイラがおれに飛びついた瞬間、奴は入口から踵を返して逃げ出した。
「クソ! 往生際の悪い奴だ!」
アイラを杖ごと振り払い、おれもデイウスに続いて冥王の間を飛び出す。デイウスが廊下の先の丁字路を、左へ曲がるのが見えた。
気のせいか? それを追うようにして、丁字路を黒い影が、一瞬横切ったように見えた次の瞬間、ドンッという鈍い音に続いて、誰かが床に倒れるような気配を感じた。
おれは肩に走る重い痛みを堪えつつ、丁字路に向かった。
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