第20話 ヴンダール迷宮 第4層 冥王の間 ②

 一閃の名に違わぬ一撃だという自負はあった。現に、アレンと女は自分の胴体が分かたれたという自覚すらないまま、血だまりに沈んだ。だがデイウスはどうだ?


「ひでえことしやがる……」


 横たわる肉塊を一瞥し、血しぶきに顔をしかめると、おれに非難の声を向けた。

 女は無駄死に、デイウスは無傷だった。おれのエーテルが迫った瞬間、奴の義眼から放たれた鈍い輝きがまだおれの目の奥に残っている。どういう仕掛けだ? 奴が仰け反って避けたのは分かっている。だがいくら何でも反応速度が速すぎないか?


 おれはデイウスを視界に捉えたままゆっくり王座の裏に回りこむと、デイウスから右半身が隠れた瞬間、もう一度装剣技を発動させた。


「おっと!」


 デイウスは歯を食いしばり、体を反らした。


「そんなとんでもねえ魔術を持ってる癖に、姑息な手段に躊躇がないな!」


 くそ、これも躱されたか。おれは舌打ちと共に王座の裏からデイウスに向かって伸ばしていたエーテルの刃を解除した。


「お前を殺すのに手段を選ぶつもりはない。もちろんできるだけ苦しませて殺すつもりではあるが」


 おれは王座で体を隠したまま言った。この王座は迷宮の構成物質の一つだ。原則としておれの装剣技以外で傷をつけることはできない。身を守るにはもってこいの遮蔽物になる。

 そして今のやり取りから想定されるデイウスの能力は、反応速度の上昇や身体能力の強化などと言った単純なものではないということが明らかになった。なぜなら奴は、一度目も、そして二度目の死角からの攻撃も、おれが動作に移る前から回避行動を取っていたからだ。


「予知能力か、フィリスから聞いてるぞ、中々いいアーティファクトだな」


 おれは前々から知っていたってな口調で、軽く言い放った。剣の柄に埋め込んでいるメロウの涙は、もうその輝きがだいぶ鈍くなっている。予知だなんて完全な当てずっぽうだが、少しでもデイウスの動揺を誘い、勝機を見出したかった。


 その点で言えば、デイウスの口数が減ったのは予想以上の成果だ。図星を突かれて焦り、おれがフィリスから何をどこまで聞いているのか、必死で推察しているのだろう。おれは畳みかけるように王座から体を出し、ナイフを投げる振りをした。


 予想どおり、デイウスにはそのナイフの行く先が見えていたのか、明確な回避行動はとらなかった。しかし、おれが奴の義眼に映らぬ攻撃方法を知っているのかもしれないと、一瞬でも疑ってしまったのだろう。奴はその瞬間確かに身構えてしまった。これが魔術師と一般人の違いだ。どれほど強力なアーティファクトを持とうとも、使う本人がその魔法則を信じられなければ、力を最大限活かすことはできない。だからといって魔術師のように盲目的に魔術を信じろってわけでもないが。


「そのちっちゃなお眼目で、今何が見えたんだ?」


 おれの挑発に、デイウスは顔を真っ赤にした。剣を持つ右手とは逆の手に、取り回しのしやすそうな短剣を握りしめ、雄叫びを上げながらおれに迫ってきた。


 さて、ここからが勝負どころだ。アイラが追いついてくるまで、おれがここで奴の気を引き続けなければならない。


 デイウスはまず右手に持った長剣で切り付けてきた。おれはそれを後退して躱すも、それを読んでいたかのように、デイウスは更に大きく踏み込みながら逆の手に持った短剣でおれの喉元目掛けて突いてきた。おれは剣の腹でそれを受けると、すかさず王座を回り込むようにデイウスから距離を取った。


「ちょこまか逃げ回ってんじゃねえよ!」


 デイウスはおれを追うように距離を詰めるが、おれは奴との間に常に王座を置いて、攻撃の方向を限定させようとしていた。デイウスの剣術のルーツは軍団で採用されている典型的な帝国式剣術に過ぎない。こんな特殊な状況を想定しているような剣術ではない。


 それでもデイウスは、常におれの動きを先回りするように動いていた。下がろうとすれば踏み込み、剣で防ごうとすればタイミングをずらし、王座を盾に立ちまわっているのにもかかわらず、おれは防戦一方だった。もはや装剣技を使う隙すらない。


 デイウスの剣がまたおれの腕を掠め、血がにじむ。


「さっきまでの威勢はどうした!」


 デイウスはとうとうおれを追い詰めたと思ったのか、目をらんらんと輝かせながら王座に身を乗り出し、おれが逃げようとしている方向に刺突を放った。

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