第19話 ヴンダール迷宮 第4層 冥王の間 ①

 王宮へと続く階段についたときには、おれは体中汗まみれになっていた。おれは額から滴る汗を袖で拭うと、手の平をズボンに擦りつけて剣を抜いた。十中八九、待ち伏せされているはずだ。場所はおそらく階段を上がりきった直後、冥王の間だろう。あそこなら四方からの奇襲が可能だ。


 おれは息を整えながら、これ見よがしに足音を鳴らしてゆっくりと階段を上る。階段は隠された王座の真後ろに続いている、おれは足は止めずに装剣技を発動させた。階段の終わりは目前。おれが相手の立場なら、階段から出てきた瞬間を狙って攻撃をしかける。つまり、今いる場所のちょうど真上くらいに、背後から攻撃しようと待ち構えている奴らが何人か居てもおかしくはない。


 おれは装剣技で切先を3メートルほど伸ばして天井に突き刺した。ぎゃっ、という叫び声、手ごたえありだ。おれはそのまま前方に剣を振りながら、装剣技の時間終了と共に階段を駆け上がった。予想どおりの左右からの攻撃を剣と鞘で受け止めて、目の前から飛んできた火炎瓶を、翻したマントに肩代わりさせた。おれはマントを脱ぎ捨て左の男に被せると、右の男の胸に剣を突き刺す。


「まるで曲芸だな!」


 広間の入口からそれを見ていた者が居た。デイウスだ。


「随分余裕だな、その余裕は隣のそれが理由か?」


 デイウスの隣には卑劣漢が一人、おそらく治療師と思われる女の髪を掴んで組み伏せていた。衣類が酷く乱れている。これがニーナだったのなら、おれは冷静ではいられなかっただろう。


「下手な動きを見せれば、こいつをぶっ殺すぞ」


 男が女の胸にナイフを当てながら凄んだ。


「いや……お願いします。助けてください……」


 消え入りそうな声で懇願する治療師。中々の上玉だった。男どもをよっぽど楽しませただろう。どこかで見た覚えもあるが、ニーナと出会ってからは治療はもっぱらニーナに頼んでいたため、治療師の知り合いは少なかった。おれは無視して左手で印を結ぶと剣を構えなおした。


「聞こえないのか! 動くな!」


「うるせえな、気が散るから黙ってろ!」


 人質のことを顧みる気のないおれの態度に、治療師も男さえも黙り込んでしまった。対して耳障りな声を上げて高笑いしたのはデイウスだ。


「さすがロドリック、そうこなくっちゃなあ! まあ心配すんな、そいつには手出しさせねえよ」


 デイウスは治療師を組み伏せている男に向かって「アレン! これは俺の勝負だ、手出しするな!」と命令した。


 その言葉でおれは初めて、こいつがパルミニア連合のアレンだということに気が付いた。


 かつてギルド定例会議で会ったときの、爽やかな金髪と正義感に満ちた瞳は、今では見る影もなかった。髪は血でところどころ黒く汚れ、顔には怒りと悔しさと、そして惨めさをも思わせる笑みが口元にこびり付いていた。人ってのは変わるもんだ。おれは感心した。


「礼を言うつもりはないぞ、殺す順番が変わるだけだ」


「いつまでも自分が一番だと思うなよ……」


 デイウスも剣を抜く。


 昔からこいつの剣技には目を見張るものがあった。それでも幼い頃から訓練を受けているおれに並ぶようなものではなかったが、それよりも今気にかかるのは、奴の付けている義眼型のアーティファクトだ。前回カレンシアとフィリスの決闘の際、おれの剣を躱したのは偶然ではないと考えた方がいいだろう。


  おれは装剣技を二重装にまで引き上げた。刃渡り5メートルにもなる防御不能の片手剣が、一時的だがおれの手の中に現れた。


 メロウの涙に貯めてある魔力は残り少ないが、アイラの助言に従い、出し惜しみは無しだ。人質になっている治療師の女には、あとからいい石碑を作ってやるから、みんなまとめてここで死んでくれ。


 おれは心の中で小さく祈ると、横一文字に剣を振った。

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