第18話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ⑮
おれとアイラは第5層に設営された三つ目の中継地点へと移動していた。これが最後の中継地点であり、ギルドレイドも今日を含め、あと二日で期間満了となる。
「3日目だから、そろそろお宝にありつけた探索者も、出てくるころじゃない?」
お互い追いかけっこの余韻が残っているのか、おれたちはまだ肩で息をしていた。
「せっかちなヘイルの居る中継地点の奴らなんかは、特に進捗が早そうだ」
「スピレウスが担当してる中央の中継地点も、セインティクスが隠し部屋ってのを見つけてる頃かもね」
そう、イリーニャ派の目的は、おれとカレンシアが以前飛ばされた、第2層から第5層へと続く魔術紋章の完全なる解明と仮説の検証だ。イリーニャ派の立てた仮説では、第5層にはいくつも隠し部屋があり、そこで大量のゴーレムが作られているという。
「問題は次の中継地点だな……」
アイラとおれは同じ懸念を抱いていた。
「デイウスね……」
「それとテオだ」
これまで訪れた二つの中継地点にはテオの姿はなかったし、また彼らの姿を見た者も居なかった。ということはテオはやはりデイウスを殺す機会を窺って、第3中継地点を拠点にしているのだろう。
「何も問題が起こってなければいいんだけどな」
おれの呟きに、アイラが信じられないというように鼻で笑った。
「何言ってるの。問題が起きてないのなら、貴方がこれからそれを起こさなくちゃいけないんだよ」
ハッとした。そうだった。問題が起きていないということは、テオがデイウスたちとまだ事を構えていないということだ。だとしたらそれをやるのはおれの役目になる。
「今のデイウスは、貴方が思っている以上に強いよ」
「わかってる。多少は腕を上げたみたいだ」
「そういうレベルじゃない。隠世に足を突っ込んでる」
「身の丈に合わないアーティファクトに頼ったせいだな。まあ、どちらにせよ、馬鹿正直に真正面からやり合うつもりはない」
あんなくず野郎、隙を見て後ろから一太刀いれてやればいいだけだ。
「油断してはだめ」
アイラがおれの頬をつまんで釘をさす。わかってる。だが本当にアイラの言葉を信じるのなら、テオ達が返り討ちになってしまっている可能性も高いということになる。おれは自然と足早になっていた。そして、その心配は的中することになる。
三つ目の中継地点まで、あと数十分程度という場所でのことだった。前に見える十字路の左側から、一人分の足音が近づいているのに気が付いた。
「アイラ、誰か来る。多分怪我人だ」
微かに漂う血の匂い、床を踏みしめる足音が左右で間隔が違っていた。おれは念のため、十字路の手前で距離を保って、相手の姿が露わになるのを待った。
ほどなくして、血だらけの左腕を抑えた男が十字路を横切った。よほど先を急いでいるのか、おれたちには目もくれず先へ行こうとする。
「おい! 待てポウジョイ!」
負傷した男はポウジョイだった。フォッサ旅団の若手で、今回のギルドレイドではテオと一緒に遊撃隊の一員として行動しているはずだった。
ポウジョイは初めぎょっとした表情でこちらを振り返ったが、おれに気づくと泣きながら駆け寄ってきた。
「リーダー! 助けてください!」
「まあ落ち着けよ」
おれはミョウバンを取り出すと、ポウジョイの腕の傷にそれを塗りたくりながら、何があったかのかをゆっくり問いただす。
「今、王宮で、遊撃隊の皆がデイウスたちと戦っています」
「なんだって?」
予想外の答えに、おれは処置の手を止めてポウジョイの顔を見た。
「今日の朝、デイウスの奴が怪我もしてないのに、王宮に戻ろうとしているって話を聞いたんす。もしかしたら、何か嗅ぎつけて逃げようとしているのかもしれないから、すぐに追いかけてやっちまおうってことになって、遊撃部隊の皆で追いかけたんです」
「相手は一人か二人だろ?」
こっちの中継地点を拠点している探索者の中で、今でもデイウスに付き合おうって物好きな元燈の馬のメンバーは、一人くらいしか思い浮かばない。それに対して遊撃部隊は全部で10人。おれの助けが必要な戦いになるとは思えなかった。
「違います! パルミニア連合の奴らも一緒なんすよ!」
パルミニア連合――主に第4層を拠点としている中規模クランだ。リーダーはアレンとかいう鼻もちならない男だ。そういえばギルド会議でも何かとおれに突っかかってきたな。
「デイウスたちは治療師を人質に取って、俺たちを第5層に閉じ込めるつもりなんす! 早く助けを呼ばないと!」
「お前が居た時には、もう既に治療師は人質にされていたのか?」
「いいえ、ちょうど治療中だったダルムントさんが、全員をどこかへ避難させてました」
ダルムントも居たのか……間がいいのか悪いのか、だがおかげでまだニーナは無事だとみてよさそうだ。
「相手は全部で何人居たか覚えてるか?」
「はい、全部で5人居ました」
ということは遊撃隊は特に人質を取られて脅されていたわけでもなく、単純な力量差によって劣勢を強いられているということか。しかも倍の人数が居るのにもかかわらず……。
「リーダー、俺のことはいいっす。早く行ってください」
まだ包帯を結び終わらないおれに、ポウジョイは覚悟を決めて言った。
「アイラ、あとから追いつけるか?」
おれはアイラを見た。おそらくおれが全力で走れば、数十分もかからず王宮に戻れる。
「馬鹿にしないで、さっきの追いかけっこは実質私の勝ちだったもん」
と反論しつつも、アイラも追いつけないであろうことは承知しているようだ「油断しちゃだめだよ、危ないと思ったら、私が追いつくまで待つこと」と付け加えた。
「ママにでもなったつもりか?」
「貴方はいつまでもお子ちゃまだからね」
おれは鼻を鳴らすと、少しでも身軽になるため剣以外のすべてを放り捨てて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます