第17話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ⑭

 昨夜の襲撃で死んだ者の亡骸や、負傷した者たちを連れてスピレウスが中継地点を発ったのがおよそ1時間ほど前だった。そして現在、午前7時。入れ替わるようにして中継地点に現れた魔術師たちを、はっきり言っておれは持て余していた。


「みんな聞いてくれ! 今日から探索に同行することになった。イリーニャ派の皆さまだ」


 しかし、せっかく来てくれた魔術師らを蔑ろにするわけにはいかない。どれほどへんてこな出で立ちだとしても、誰一人として彼らに期待する者など居ないとしても、イリーニャ派の魔術師は今回のギルドレイドにおける要とも言える存在なのだ。おれは敢えて無視するかのように、淡々と出発の準備を進めている探索者全員の手を止めさせて、新たな仲間たちに正対させた。


「右からセインティクス、ノルハム、ティクティキ、ムンハルだ。彼らは師にイリーニャ派の高弟であるイリネイアを持ち、彼ら自身も帝国東部の魔術協会で――」


「いい、構わないんだ。ロドリック殿」


 おれの精一杯の売り込みを止めたのは、セインティクスという男だった。背が高く、落ち着いた声で話す彼の姿は、どこかカルファを思い起こさせるものがあった。


「第2層での失態によって、私たちのことを知る者は多い。今更紹介は必要ないだろう」


 何かフォローしてやりたい気持ちはあったが、まさにそのとおりだった。

 おれとカレンシアが以前見つけた第2層からの転送型魔術紋章。それをフィリス経由でギルドに報告し、ようやく魔術紋章の専門家であるイリーニャ派の魔術師が派遣されてきたのは3カ月前のことだった。

 当初、魔術紋章のことなら任せておけと我が物顔で第2層を闊歩し、探索者との様々な軋轢を生んだイリーニャ派の魔術師たちだったが。最終的に探索事業始まって以来の大規模集団失踪事件を引き起こし、探索者たちが命がけの捜索劇に身を投じることになったのは記憶に新しい。


 そのことを踏まえてなのだろう。セインティクスは神妙な面持ちのまま続けた。


「この中にはあの時、私たちのために動いてくれた方々も多いはずです。この場を借りて、改めてお礼申し上げます」


 そして帽子を取り、禿げあがった頭を深々と下げる。しかし、その謙虚な姿勢を好意的に受け取ってくれるのは、最低限の礼節か知識のある者だけだ。どちらも探索者には当てはまらない。


 おれは馬鹿が相手の弱みに付け込んで、何かとんでもないことを言い出す前に、この場を切り上げることにした。


「イリーニャ派の皆さまは、それぞれのチームに一人ずつ同行することになっている。くれぐれも粗相がないよう、礼節を持って接するように!」


 ざわざわとする探索者たち。「わかったか!」おれが声を張り上げたことで、ようやくまばらな返事が返ってきた。


「ようし、じゃあ今から振り分けを行うから、それぞれのチームリーダーはおれのところへ来い」


 おれはリーダー格を呼びつけ、今回のギルドレイドの意義、そしてイリーニャ派の魔術師がどれほど重要な役割を果たすのかを改めて力説したのち、振り分けを行った。


「何から何まで、迷惑ばかりかけて申し訳ない、ロドリック殿」


 それぞれの隊と共に、中継地点を去る直前、セインティクスが他のイリーニャ派の魔術を代表するかのように、おれに対して膝をつき、深々と頭を垂れた。おれはすぐに彼を立たせて、同じ隊であるカレンシアとレンに彼の身柄を預け、絶対に失礼が無いよう言いつけた。


「イリーニャ派の高弟セインティクスに膝をつかせるなんて、気分いいねえ!」


 全員が去ったあと、アイラが高々と笑った。


「こっちは気が気じゃなかったけどな」


 おれ自身は魔術師として振舞うことを好まないため、彼らの階級や序列に順ずるつもりはこれっぽっちもないが、それでもセインティクスが魔術会でどれほどの地位に居るかは分かっているつもりだ。


「次迷子になったら、私の足を舐めさせてやろうかな」


「冗談だろ?」


「ご褒美になっちゃうかな?」


「場合によっては……」


 おれは念のため、酔った勢いでアイラの足を舐めたことがなかったか思い出そうと記憶を巡ってみた。幸い明確な映像を掘り起こすことはできなかったが。アイラが少し頬を染めたのを見て、おれはまさかと冷や汗を流した。


「は、早く次の中継地点に行かないと、日が沈んじゃうよ!」


「お、おい待て!」


 逃げるように走り出したアイラを追いかけて、おれも走った。あれ、結構早いな……。

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