第16話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ⑬

「ロドリックさん、これって……」


 凍り付いたゴーレムの姿を前に、レンが呟いた。


「銀だな」


 5匹のゴーレムうち、3体はただのストーンゴーレムだったが、残り2体はシルバーゴーレムと呼ばれる上位のゴーレムだった。最高位である魔法銀ミスリルほどではないが、それでも銀を主材にしたゴーレムは、エーテルとの親和性が高い。氷の中でぴくりとも動かないストーンゴーレムと違い、2体のシルバーゴーレムは、既に足元の氷にひびを入れながら、少しずつ動き出そうとしていた。


「来るぞ、気をつけろ!」


 氷が砕けて、シルバーゴーレムが飛び出した。

 おれはレンと共に横っ飛びしてゴーレム2体の突進を躱す。避けきれなかった一人が羽虫のように吹っ飛んで柵に当たった。


「何かあったのか? 大丈夫か!」


 柵を抜けてここまで出てきた者は、おれとレンを含めても6人。たった今ひとり死んだから残り5人だ。あとの奴らは何かトラブルがあったのだと分かっていながらも、声をかけて返事を待つばかりで柵の中から出てこようとはしなかった。もちろん柵を盾に迎え撃った方が有利なのはおれも分かっている。だがこうなっては引き際が問題だ。柵に空いた穴は人ひとり分、全員一気に中継地点の中へ戻ることはできない、せめて扉を開けてくれれば助かるのだが……。


「ロドリックさん!」


 ようやく応援が来たと思ったら、柵の割れ目から顔を出したのはカレンシアだった。


「シア下がれ!」


 ゴーレムは魔力の高い相手から狙う傾向がある。2体のシルバーゴーレムは、すぐさまカレンシアに狙いを定めて突進した。おれを見つめていたカレンシアが、ハッとしてゴーレムに向き直る。そしてゴーレムの体にエーテルの粒子をいくつか引っ付けると、急いで顔を引っ込めた。


 轟音と共に柵が揺れる。ここはいずれ休息所として運用する予定の場所だ。持ってきた建材も金属製のものがほとんどであるため、なんとか持ちこたえられているものの、一部合板で覆っている部分は見事に破壊されてしまった。


「またこっち向きましたよ……」


 レンが震えた声で呟き、おれの後ろに隠れる。2メートル強はあろうかというゴーレムに、気が付けば中継地点への退路すら塞がれてしまった。


「怖気づくな、よく見てみろ」


 しかし、おれは2体のシルバーゴーレムの体に、ある異変が起きていることに気が付いた。


「あ……なんか、お腹のあたり、ちょっと光ってる?」


 レンも気づいたようだ。中々いい目をしてる。


「あそこがコアだ。1体はおれがやる。もう1体はお前らで力を合わせてぶっ壊せ」


 なぜコアの場所が光っているのか、いまいち納得できていないようだったが。これ以上議論の余地はないと悟ったのだろう。レンは他の探索者をまとめておれと距離を取った。


「さあこいよ、ガラクタ」


 おれの方もレンたちから少しずつ遠ざかりながら、目を付けたシルバーゴーレムを1体挑発するように位置取った。おれの方向にやってきたゴーレムは右の脇腹辺りを光らせていた。さすがカレンシア、発光化させたエーテルをほんの少量、目印代わりにコアの部分に引っ付けて、お膳立てをしてくれたってわけか。


 1対1で、なおかつコアの場所が分かっているのなら、いくら上位のシルバーゴーレムと言えど負けようがない。

 おれは槍を放り投げ、剣を抜いた。装剣技を発動させながら、ゴーレムの大振りの拳を躱し、懐を切り抜けた。あっけなく崩れ落ちるゴーレム。


 レンと一緒に戦っている探索者たちも、さすが柵を抜けて追撃しようとしただけある。誰一人として言葉を交わさずとも、お互いの持っている獲物とアイコンタクトで役割分担を即座に決めたようだ。盾を持った3人がゴーレムを挑発し、つかず離れずの距離を取っている間に、ハンマーを持った二人が後ろから回り込んでいた。


 一人が一気にゴーレムへと近づくとハンマーを振るう。足を狙った一撃は、いい音と衝撃と共にゴーレムのバランスを崩す。その隙にもう一人が近づき、腹部に思いっきりハンマーを振り下ろした。コアに強い衝撃を受けて、ゴーレムが動きを止めたのを全員が見逃さなかった。コアの部分を盾とハンマーを用いて、全員で滅多打ちにする。


 シルバーゴーレムの主材は銀だ。魔術耐性は極めて高いが、物理耐性はそれほどでもない。繰り返し叩き続けているうちに、腹部はへこみ、ひび割れ、欠けていった。外からコアが見えるようになったときには、コアはとっくに外部からの衝撃でひびだらけになっていた。


 息を切らして勝利の雄たけびを上げるレンたち探索者。柵の中からそれを見守っていた奴らも、そろそろと姿を現し出し、コアの売却代金のおこぼれに預かろうと、賞賛という名の交渉に当たっていた。


「助かったよ。ありがとう」


 おれは遠慮がちに隣にやってきたカレンシアに礼を言った。


「別に、咄嗟に思いついて、やってみただけです」


「そうか、さすがだ。今の発光魔術も素晴らしい精度だった。よっぽど高名な魔術師に師事したんだろうな。もし差し支えなければ、君に発光魔術を教示した方の名前を教えてくれないか?」


 カレンシアは少し間を置いて、おれの冗談に気づき、笑い始めた。


「何もおかしなことは言ってないはずなんだがな」


「私にこの魔術を教えてくれた方は、魔術師と呼ばれるのが嫌いらしいので、ここで名を明かすことはできません。でも――」


 カレンシアはおれを見上げて微笑んだ。さっきまでとは違う種類の笑みだ。


「女ったらしで、自分勝手で、私のことをシアと呼びながら眠る姿は、なんだか子供みたいで可愛くもあるんです」


 さて、その言葉はどういう趣旨をはらんでいるのか。おれはたまらず笑ってごまかした。

 

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