第7話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ④

 丁字路の先にソニアの姿を見つけたときには、戦況はひっ迫した状況にあった。

 ソニアが通路を塞ぐように障壁を展開させ、障壁の真後ろでは男たちが盾を手にナックラヴィ―の進行を防いでいた。


「まだ下がるな! 踏ん張れ男ども!」


 ダルムントが中心で、怖気づこうとする者たちを鼓舞している。白い靄のような毒霧の中から時折、皮膚のない、人間のなり損ないのような巨大な生物が、その体の一片を振り回して、一列に並んだ盾の壁を打ち据えていた。あれこそが、まぎれもないナックラヴィーの姿だった。


「誰か補助に入れ!」


 ダルムントの右隣りで盾を構えていた男が後方に吹き飛ばされた。抜け落ちてしまった前線を埋めるようダルムントが必死で指示を飛ばす。


「こういう泥臭いのは苦手なんだがな」


 おれは落ちていた盾を拾ってダルムントの隣に立った。気づいたダルムントが雄たけびを上げて全員に気合を入れる。


「リーダーが来たぞ! もうあとひと踏ん張りだ! 全員で生きて帰れるぞ!」


「いや、全員は無理かもなあ」


 おれの冗談は皆の喊声を掻き消すには十分な衝撃を持っていたが、笑いを誘うほどではなかったらしい。静まり返った場にいたたまれなくなって、おれは続けた。


「防御はお前らに任せる。おれは中に入ってきた部分を斬る。分かったな」


 おれはダルムントに盾を渡し、剣を構えた。


 ソニアが張った障壁越しに見えるナックラヴィーは、興奮した様子で口泡と共に毒の霧を吐き続けていた。この毒の解毒剤は現状存在しない。なぜならナックラヴィ―の使う毒は魔術に寄るものだからだ。口から放出した魔力を使って、周囲のエーテルを人体に有害なものに変質させていると言うが、その成分や属性を解析できた者は誰一人としていない。つまりおれの装剣技と同様、属性相殺は狙えないということだ。

 ソニアは自分の力量と相談し、毒を防ぐには純粋なエーテルによる威力減衰を狙った方が効率がいいと判断したのだろう。だが、属性変換させない障壁では魔術による毒は防げても、現世に元から存在していた物質の運動は防げない。おれたちが当面やらなければいけないことは、ナックラヴィ―が障壁を跨いでこちら側へ入ってこないよう、障壁すれすれの位置で人の壁を作って侵入を防ぐことだ。


 おれは横目でアイラを見た。どうやらソニアの障壁の裏から新しく障壁を張り直し、多重障壁を作ろうとしているようだ。ソニアと違って属性変換を伴う強固な障壁で、物理的に通路を塞ごうとしているのだろう。ただし、それには相応の詠唱が必要となる。その時間はおれが稼げってことか。まあいい。


 おれは振りかぶったナックラヴィーの腕が、障壁を跨いだ瞬間を狙って剣を振り抜いた。障壁に装剣技を当てて破壊してしまわいよう慎重に振ったせいで傷は浅い、切断するどころか、勢いも碌に殺せないまま、ナックラヴィ―の腕はおれを守ろうと飛び出してきた男たちを弾き飛ばした。


「効いてるぞ!」


 ダルムントが叫んだ。


 確かに、浅手に反してナックラヴィ―は、まるで熊のような咆哮と共に仰け反っていた。あまりの激しい感情の露呈に、対峙していた何人かが思わず顔を背けてしまうほどだ。

 おれは念のためナイフを投げてナックラヴィ―に追撃を入れる。装剣技を纏わせてない刃は、ナックラヴィ―のむき出しの皮下組織に弾かれた。見た目よりずっと頑丈なナックラヴィ―の体は、ちょっとやそっとの攻撃では傷付かない。やはり止めを刺すには装剣技を使用する他ない。


「準備できたよ、皆ちょっと下がって」


 アイラの声だ。

 

 おれとダルムントは目を見合わせ、周囲の男たちと一緒に後方へ飛びのく。

 

 直後、分厚い氷の壁が床から突き出し、通路に蓋をした。

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