第8話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ⑤

「これで、ひとまずの時間は稼げたね」


 アイラは自分が作った氷の壁を眺めながら、満足そうに呟いた。

 向こう側からおそらくナックラヴィ―が、ドンッ、ドンッという鈍い音と共に壁を打ち続けているが、アイラの作った氷は分厚い。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしなかった。


「今のうちに中継地点に戻るか?」


 ダルムントの提言に、おれはかぶりを振った。


「この位置関係なら、中継地点に戻るより、隣接したルートを探索しているチームに合流したほうが早い」


 隣は燈の馬の残党どもを寄せ集めたチームだが、この際、共闘相手について贅沢は言ってられない。しかし、おれの思い付きはソニアによってあっけなく否定された。


「隣のチームはもう壊滅したわ、生き残りの一人がナックラヴィ―を連れてこっちに逃げてきたのが、事の発端よ」


「そいつは今どこにいる?」


 ソニアの視線が動いた。なぞった先に、ばつが悪そうに佇む一人の男が居た。先ほどまでダルムントたちと共に、体を張って戦線を守っていた者だ。


「お前か、何があった? 説明しろ」


「突然ナックラヴィ―に襲われて、今のあんたみたいに、近くのチームと合流して助けてもらおうとした。それだけだ」


 男はどことなく不貞腐れた様子で弁明した。


「他の奴らは? 見捨てたのか?」


「そういうわけじゃない……でも、ほとんどの奴らが、あの毒にやられちまった」


 おそらくは早々に魔術師を失ったのだろう。ただ、おれはそんなことより気になっていることがあった。


「残念だったな。ところで、まだ名前を聞いてなかったが」


 男は燈の馬の残党のようだが、おれが在籍していたころには見なかった奴だ。男はおれと打ち解けたと感じたのか、何の疑いもなく名乗った。


「トルードだ」


 リストに名前が載っている者だった。元デイウス隊で、シェーリに乱暴して殺した奴らの一人だという証言もある。周囲の雰囲気がひりつく、男がそれに気づいたのか、気づかなかったのかは分からない。おれの中でこいつはもう死人だ。


「そうか、トルード、本当に残念だ」


「は?」


 おれは男の右足を剣で切断した。男はその場に崩れ落ちてから、初めて自分が斬られたということに気が付き、悲痛な声を張り上げた。ナックラヴィ―はまだ氷の壁を叩き続けている。


「アイラ、この壁を維持したまま、どれだけ遠くまで離れることができる?」


「んー、エーテルの配給を途切れさせないようにって前提だと、50メートルくらいが限界かな」


「じゃあそこまで離れたら、一斉に走って中継地点まで逃げるぞ」


 おれは叫び疲れたのか、静かになりつつある男の足をブーツで踏みつけ、もう一度声を上げさせた。


「そういうこと、こいつは囮ってわけね」


 合点がいったとソニアが男の足を紐で縛り始めた。


「だったら失血死しないように気を付けないと」


 泣きながら命乞いする男を前に、ソニアは「私たちの仲間も、貴方に同じように命乞いしたのかしら」と微笑む。


「ソニア、行こう」


 ダルムントがソニアの震える背中にそっと手を当てた。でかぶつの癖に、絶妙な力加減がうまい奴だ。ソニアは涙を拭いながら立ち上がった。


 おれは離れながら、中継地点までどのように戻るか、戻れなかったらどうするか、戻れた場合どのように立て直すか、大きく三つに分けてざっと作戦を説明した。

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