第5話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ②

 アイラの助言を聞き入れ、おれはソニア班が居る方向へと向かって歩いた。


「どこらへんに居るのか、わかってる?」


「馬鹿にすんな。探索者パーティーの配置と第5層のマップは全部頭に叩き込んでる」


「さっすがー私のロドリック」


 手を伸ばしておれの頭を撫でるアイラ。

 子ども扱いするのはよしてくれ。うっとうしく思って振り払おうとして、おれは足を止めた。


 狭い通路の中央に壮絶な戦いの痕跡を見たからだ。


「ひええ、やってるねえ」


 アイラがおどけてぴょこんと地面の血糊を避けた。べっとりと地面に線を引いた血痕は、少し歩いた先の小部屋の中へと続いていた。おれはアイラの手を掴んで後ろに下げると、瞳で先行することを告げた。


 剣を抜き、印を結びながら小部屋を覗き込む。室内にはおそらくスプリガンだったであろう死体が散乱していた。


「ここに追い詰めたか、おびき寄せて、まとめて殺したみたいだね」


 アイラがおれの後ろから、覗き込むように身を乗り出した。


「後者かもな……」


 おれは半ば炭化しかけているスプリガンの死骸の中から、ひとつだけ毛並みの違う焼死体を見つけ、足でひっくり返しながら言った。


「うわ、これ人間じゃん」


 アイラが鼻をつまんだ。

 丸焦げで男か女かも判別できないが、その死体は確かに人間のものだった。腹を撫でてもらおうとする犬のように、手足を曲げた状態の死体からは、表情こそ読み取れなかったが、おおよそ苦しんだであろうことは想像できた。


「こいつを囮に使って、おびき寄せたスプリガンを焼き払ったんだろう。こいつごと」


「仕事が早いね、どの班かな?」


「さあな……とにかく、先へ進もう」


 おれはアイラと共に部屋を後にした。答えは案外近いところにあるのだろう、1日目から欠員が出ても支障がなく、なおかつ人目にもつきにくい奴らが。


「そろそろ、中継地点の一つだ」


 進み始めて数十分ほどが経過した。第5層は入口を中心に扇状に広がる迷路のような構造だ。進めば進むほどは分岐は増え、探索者パーティーは分散してしまう。それを防ぐためにも、進行ルートの要所となりそうな場所に、それぞれ数名から十数名単位の探索者を駐在させ中継地点としていた。その一つが次の曲がり角の先にあるはずだ。


「よおロドリック、こっちは今のところ、順調だぞ」


 やや開けた広場に、間に合わせの垂幕や柵で、簡易的な休息所を建築している集団が居た。その中でひとり、工具も持たず偉そうにふんぞり返っている男がおれに気づき、こっちに来いと手を上げた。


「順調っていうのは、ここに来る途中の火遊びも含めてか?」


「もちろんだ! 何かと文句ばかりの鬱陶しい奴だったんでな。さっさとタンドリウスのところへ送ってやろうと思ってよ」


 ヘイルは作業中だったロウという若手の班員を呼びつけて「あいつの死に様、最高にみっともなかったよな」とおれへの説明を促した。


「ええ、ほかのパーティーがみんな先へ行ったあと、打ちもらしたスプリガンの集団を見つけたんで、どうしようかってことになって」


 ロウがヘイルとおれを交互に、噴き出しそうになるのを堪えながら続けた。


「話し合ってる最中に、ヘイル班長が、いきなりあいつの足の健を切ったんです」


 なんだって? どうしていきなりそうなった? まだ初日だぞ? やるのは最終日って話だったろ。

 おれが目を見開いたのを見て、ロウが手を振りかざしながら補足した。


「いや、あいつギルドレイドが始まってから、ずっと偉そうにしてて、みんなムカついてて――」


「それだけじゃねえ! あいつ、タンドリウスとの戦いを武勇伝のように語りやがった!」


 ヘイルが声を荒げた。周りの作業が一瞬だけ中断しざわつき始めたため、ヘイルがすぐさま「お前らは口より手を動かせ!」と怒鳴り声を上げた。


「それで、どうするんだ?」


「どうするって何がだ?」


 おれを見て、ヘイルが本当に何かわからないってな感じで聞き返してきた。


「あの死体だ。引き返してきた負傷者があれを見たら、燈の馬の連中におれたちがやろうとしてること、感づかれるかもしれないぞ」


「しっかり焼いたし、大丈夫だろ?」


「それならなぜ、おれが気づけたと思う?」


 それは……ヘイルは口籠った。


「あとでもう少し丁寧に処理しておけよ」


「ああ、わかった。リーダー」


 おれが真面目な顔をしているのだと気付いたヘイルは、広場の隅っこで煙をくゆらせているリンタキスという中年の魔術師を呼びつけるなり2、3言交わして背中を押した。リンタキスは動物の骨で作った煙管を咥えたまま、おれに軽く会釈すると、気だるそうに広場を後にし歩いて行った。


「あれが新しく加入した魔術師か」


「すいません、礼儀しらずな奴で」


「お前と似た者同士だな。腕が良さそうなところも含めて」


 おそらくあの煙管が杖だろう。肌がひりつく、いいエーテルを纏っていた。アイラも同感だったようで、おれの隣でうんうんと頷いている。


「じゃあ、おれはソニアたちの様子を見に行ってくる。こっちはお前に任せるぞ」


「お任せあれ、しかるべく」


「それと、言い忘れてたけど。よくやったな、その調子でチャンスがあったらどんどんやっちまえ」


 おれはよっぽど悪い顔をしていたのだろう。ヘイルも負けじと口角を吊り上げると、うやうやしくおれに礼をしてみせた。いや、この場合、わざとらしくといった方がいいか。

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