第4話 ヴンダール迷宮 第5層 宝物庫 ①

 低い天井、狭い通路、くすんだ煉瓦のような材質の壁と床、それにしたって、この場所はいつもどこか埃っぽい空気に包まれていた。


 王宮の地下にあたる、ここ第5層は、ギルドによって公開された財宝やアーティファクトの発掘実績から、いつからか探索者たちから〝宝物庫〟と呼ばれ羨望の眼差しを受けていた。ヴンダール迷宮から発掘された財宝の約8割がこの階層から発見されたとされており、階層の探索終了宣言が出されていないことからも、いまだ手付かずのお宝が眠っていると評されている。だからこそ、燈の馬はこの階層を独占するべく、王宮への立ち入りに制限をかけていたのだ。


「また一人、戻ってきた」


 足を引きずりながら引き返してきた探索者を指さして、アイラが呟いた。負傷者の姿を見るのは、もうこれで4人目になる。まだギルドレイドが始まって1時間も経っていないというのにだ。


 おれはびっこを引く探索者に手を貸し、労いの言葉をかけながら見送った。王宮には複数の治療師と簡易祭壇を用意してある。登録者はギルドレイド期間中、そこで治療や食事を受けることができる。もちろんすべて無料だ。気力と命の続く限り、何度でも気軽に第5層に挑戦できると、探索者たちには耳障りの良いことばかりを宣伝しておいたが、実際はそれを差し引いても、この第5層には危険が溢れている。


 その危険の一つが〝スプリガン〟と呼ばれる小型の妖精種だ。大きさは大体おれの膝上程度、大まかな形は人型だが、頭部はどちらかというと犬に近い気がする。これはあくまで個人的な意見だ。

 中には愛くるしい見た目だとのたまう奴もいるが、その見た目に反して、スプリガンは凶悪な妖精種だ。徒党を組み、小さな体からは想像もできないほどの膂力を持ち、手に持った棍棒で人間の脛の骨を砕く。膝をついたら最後、次は頭を砕かれて、人生の幕を閉じることになる。


 今回のギルドレイドでは、こいつへの対策を十分に考えた上、ギルドレイドに参加する探索者に対して無償で脛当てや盾などの防具を貸与していたのだが、それでも一筋縄には行かないということか、これをたった一クランで探索し、地道に第5層の地図を作り続けていた燈の馬には、ある意味頭が下がる思いだ。彼らの培ってきた戦略と地図のおかげで今回のギルドレイドが成り立ったと言っても過言ではない……いや、それは言い過ぎか。奴らがしてきたことを思い返せば、賞賛の言葉など出るわけもない。


「それで、まだどこにも行かないわけ?」


 おれはアイラと二人、入口付近の比較的開けた空間で、簡易休息所を設営している集団を眺めながら、大工が作った間に合わせのスツールに腰を下ろしていた。


「もう少し様子を見たい」


 おれは言った。先ほどまで微かに聞こえていた剣撃の音も、気が付けば聞こえなくなっていた。多少の負傷者を出しながらも、各自進行は順調のようだった。


「でも、そろそろどこかには顔を出しておかないと、あとが面倒くさくなるよ」


 アイラはおれの考えを分かった上なのだろう、それでも忠告をやめなかった。それを聞き入れられないほど、おれは子供じゃない。それに、アイラは迷宮探索において、信頼のおけるアドバイザーでもある。もっとも、そのアドバイスは、今やおれの人生そのものをも左右するほど影響力を持っていることが、多少気がかりではあるが。


「行くならどこがいい?」


 おれはアイラに向き直りながら尋ねた。


「私ならまずソニアのところかな、そこから近くのパーティーを適当に巡って、手を貸したり、さっきの貴方がしたみたいに、それとなく激励したりするね」


 そう言ってアイラは先ほどおれが傷ついた探索者に見せた態度を真似し始めた。おれは手に持っていたナッツの欠片をぶつけて黙らせた。


「だけど分かんないな。ソニアのところへ行く意味ってあるか? ソニアの班にはダルムントもつけてるし、近くにはヘイル班も居る。顔見せって理由なら、身内が多いパーティーのところへ行っても、効果は薄いと思うが」


「ソニアのところに行くってのは、万が一のことを考えてだよ。確かにあそこは前衛も割と筋がいいのが揃ってるし、最悪何かあっても撤退すればヘイル班と合流できるし、そういった意味では今回のギルドレイドで一番安定したパーティーなのかもしれないけど、だからこそ簡単に先へ進みすぎて、そこでナックラヴィ―なんかと鉢合わせることにでもなれば、最悪ヘイル班と合流できても全滅しかねない」


「そのときは、そのときだろ。完全に安全な場所なんて、ここにはないんだ」


「それは分かってる。でも、ソニアは死なせるには惜しい人材だよ」


「それほど大した魔術師には見えないけどな」


「ソニア自体はね、だけど仮にもあのヒエリアの孫弟子にあたる魔術師なんだよ? すごい才能を秘めてると思わない?」


「自分みたいにか?」


 おれは探るような目をアイラに向けた。アイラもその派閥の主流を辿れば、かの大魔術師ヒエリアに行きつく。これはある意味、自分自身の価値をソニアに投影して、おれに見極めさせようということだろうか。だが、どういう意図があるにせよ、おれにはアイラを無下に扱うことなどできない。


「まあさ、騙されたと思って行ってみなよ。幸いソニアの近くには、一般探索者のパーティーも何組も居るんだからさ、杞憂に終わったとしても、それなりの宣伝効果はあるでしょ? 初日なんて、そんなもんでいいんだよ」


 おれはアイラの挑戦的な瞳に小さく頷くと、重い腰を上げた。

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