第3話 プロローグ ③

「遅いと思ったら、こんなところで何してんの」


 廊下の騒ぎを聞きつけて、アイラがダルムントと共に部屋から姿を現した。


「ちょっとトラブルになっちまって、話し合ってたところなんだ」


「それなら話し合いは決裂したってこと? それとも2階の窓から人を投げ捨てるのが貴方にとっての話し合いだった?」


「どちらかというと後者だ」


「だったらもう気が済んだよね。早くこっちに来て」


 そう言い放つと、アイラはまた部屋に引っ込んでいった。おれは最後の一人を掴んでいた手を放し、窓から落とすと、ニーナと共にアイラを追って2階の一室に入った。


 花の間とはよく言ったものだ。廊下からいくつかの部屋を跨いだ先にあったその一室は、壁や天井そのすべてが花畑をイメージしたフレスコ画で埋め尽くされていた。床に彩られたモザイクは、よく見るとその模様の一つ一つが花びらで象られている。おれの仲間たちはそんな一室に長椅子を並べ、若干くたびれた様子で座っていた。


「あんたが時間に遅れるなんて珍しいな」


 スピレウスをはじめとしたフォッサ旅団の班長連中が、薄ら笑いを浮かべながら言った。どうせ女関係のトラブルでも抱えたのだと思ってるのだろう。まあ、おれとしては辛気臭い雰囲気より、今の方がよっぽどマシだ。


 というのもフォッサ旅団は先の燈の馬との戦いで、班長の半分を失い、団員全体でも3割の人間が死亡、又は探索者稼業を廃業しなければならない事態となっていた。最終的に決闘に勝利し、フィリス率いる燈の馬を廃することに成功したが、フォッサ旅団も一時休業の危機に瀕していた。それを救ったのは……テリアだ。その裏に居るのはおそらく帝国元老院の一派だろう。

 悲しみは時間でしか解決できないというが、金があればその時間を短縮できるのは確かだ。つまるところテリアは、フォッサ旅団とその遺族に対し大量の手当てを用意したということだ。


「この人、待ち合わせ場所を間違えてたの」


 ニーナは言った。


「謝らないぞ」


 お前らだってしょっちゅう遅れてくるだろ? おれは視線で抗議した。


「別に、リーダーに謝らせるなんて、そんな、なあ?」


 おれの強気の態度におののいたのか、ヘイルはスピレウスと、新しく班長になったソニアを見回しながら取り繕った。


「別に、私は遅れたことないですし」


 ソニアはぷいっとそっぽを向いた。


 スピレウスは黙ったままだ。こいつが遅刻の常習犯。アーラアクィラで飛べるくせに、いつもてくてくのんびり歩いてやってくる。今日おれより先にこれたのはたまたまだ。


「もういいでしょ、それよりこれから始まるギルドレイドの打ち合わせしよ」


 アイラが言った。おれは空いてる席に座りながら、部屋の一番奥で微笑んでいるカレンシアと目が合った。あれからというもの、カレンシアの瞳を見るたびに、胸が詰まるような気分になる。


「リストは全員目を通したか?」


 おれはじっと目をそらさないカレンシアから、逃げるように冊子に視線を落としながら言った。


「ああ、このリストについて、お前が来る前から話していたんだが、数人の人気者がいて、誰が受け持つかでちょっと揉めててな」


 スピレウスが言った。


「揉める必要はない、受け持ちは書いてあるとおりだ」


「しかしこれじゃテオは納得しない。あいつはこの日のためだけに、いろんなものを犠牲にしたんだ」


「それはよくわかってる。だからこそテオにも別動隊を持たせたんだ」


 おれの言葉を聞いても、スピレウスはまだ納得していないようだった。おれは続けた。


「ギルドレイドはスプリガンやゴーレム、それに場合によってはナックラヴィ―とも戦わなければならない、その負担をできるだけ燈の馬の残党どもに負わせるとしても、おれたちが必ずしも無傷で居られるとは限らない」


 ヘイルとソニアが頷いた。


「確実におれたちが生きて帰るためにも、感情より能力による適材適所を優先したい」


「もし、ギルドレイド自体……というか、作戦実行の際、俺たちに十分な余力がある場合は?」


 なおもスピレウスが食い下がる。


「そのときは、ちょっとした要望くらいなら考えてやる」


 その回答に納得したのか、スピレウスが小さく頷いた。


 だがフィリス率いる燈の馬が、これだけ攻略に苦戦した第5層だ。いくらギルドレイドといえども、簡単にことが進むとは、おれには到底思えなかった。魔獣や妖精種を前にして十分な余力? そんなもの、残っているわけがない。

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