最終章

断罪

第1話 プロローグ

 おれは中庭の一角に開かれた屋台で、固ゆで卵とパンを頬張っていた。時刻で言えば早朝だと思うが、ここ第4層には昼か夜の二つしかない上、アーティファクトの太陽は人間に気を利かせて傾いたり翳ったりはしないため、これが朝飯かそれとも昼飯にあたるのかは定かではなかった。


 おれは人を待っていた。隣の屋台では熱々のスープを出しているのだろう。受け取り損ねた探索者が熱いと喚きながら悪態をつくのが聞こえた。後方を今しがた通り過ぎた集団は、今からギルドレイドに参加するのか、浮き立った様子で王宮の玄関を潜って行った。


 3カ月前からは考えられないほど、この場所は活気に溢れていた。おれは長年に渡ってこの場所を占有していた燈の馬を追っ払い、広く人々に開放した英雄のはずだったが、感謝されたのは最初の1カ月程度、今じゃあ道行く奴らはおれに気づいても挨拶すらしない。それは、本日行うギルドレイドの現場指揮官がおれだという事実を踏まえても、変わることはなかった。


「あら、こんなところに居たの? 随分探したのよ」


「王宮の中庭に集合って言っただろ」


「え? ここ外庭じゃない」


 おれは周囲を見回した。信じられないが、確かにここは王宮西門の外庭だった。


「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれよ」


 待ち合わせ場所を盛大に間違えたにも関わらず、謝るどころか開き直るおれの姿に、ニーナは飽きれたようにため息をつくと隣に腰を下ろした。


「本当にただ間違えただけなのね。もしかして少し、緊張してる?」


「そんなことない」


「だったら疲れてるんじゃない? ここ数カ月、忙しかったから」


 それはあるかもしれない。ここ数カ月、第2層でおれとカレンシアが巻き込まれた例の魔法陣の解析を行っていたイリーニャ派の集団失踪事件や、スピレウス主導で行っていたフォッサ旅団の第4層北区画の塔攻略なんかに巻き込まれ、ゆっくり休む暇もなかった。

 その上ようやくそれらの問題が片付いたかと思えば、第5層初のギルドレイドときたもんだ。ほんと、どいつもこいつも好き勝手やりやがって。


「そっちはもう皆そろってるのか?」


 おれは固ゆで卵を頬張りながら言った。


「うん、もうほとんどは――って」


 そして残った最後の一つをニーナの口に突っ込む。


「んっ……」


 何の考えなしにやったことだが、ニーナが妙に甘い声を漏らしながら飲み込むもんだから、退廃的なことをしている気分になってしまった。急に湧いて出てきた下心をごまかすようにおれは立ち上がった。


「みんな待ってるんだろ? 行こう」


「……うん」


 恍惚としていた表情が曇り、残念そうに肩を落とすニーナ。アイラが戻ってきてからというもの、どうにもニーナの男好きのする仕草に磨きがかかったような気がする。おそらくは彼女の仕業だ。


 おれは中庭に向かいながら、アイラがまた何かよからぬ悪戯を企んではいやしまいかと不安に駆られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る