第50話 翠玉と黒曜 ②

 決闘は明け方に行われることになった。


 夜明けまでの短い時間で、おれたちは犠牲になった者たちをキャンプの霊安所に送り、まだ息のある者たちは治療師に預けることにした。


 フォッサ旅団の犠牲は甚大だった。総員6名いる班長のうち、カルファを含め3名が死に、班員たちもドルミドを含めて10人以上が命を落とした。負傷者も数多く、遺体と呻き声を背負ってのキャンプまでの道程は、ある意味戦闘行為以上に壮絶な情景を、残された者たちの心に刻み込むこととなった。戦いに夢中になっていた者たちも、いずれは自らの選択がもたらした結果に向き合わざるを得なくなる。それこそが戦争だ。


 おれは途中、どこかに置き忘れたメロウの涙を回収しようと、悲しみの集団から離れて路地裏を駆け回った。不幸中の幸いか、ダルムントも無事だったため、おれについてきてくれることになった。そのおかげもあってメロウの涙は見つかったが、怖いもの見たさにやってきていたフリーの探索者たちと、ちょっとしたトラブルにもなった。


 一方その間、本隊はキャンプへの道中、自分たちと同じように怪我人等を運んでいる燈の馬の連中と、いざこざを起こしてしまったらしい。しかもその騒ぎをかぎつけた魔獣との戦闘などもあって。結局、決闘の指定場所であるキャンプ郊外の広場に集まったのは、両陣営とも総員の半分にも満たない人数だった。


 そんな状況の中、場を盛り上げていたのはキルクルスの連中や、野次馬根性豊富な一般の探索者どもだった。広場の周囲に広がる公共施設の2階や神殿の柱廊には、様々な種類の人間が、2大クランの決闘の行方を見守ろうと集まっていた。


 噂は風と共に広がるとは良く言ったもんだが、おそらくこの一大イベントを宣伝したのはキルクルスの連中だろう。リーダー代理の男が賭けの胴元を取り仕切っていることからも明白だった。


「怖気づいて、逃げ出したのかと思ったわ」


 一足先に広場で待っていたフィリスが、広場のど真ん中に特設した寝椅子に腰掛け、お付きの連中どもに細剣を磨かせたり、手首をマッサージさせていた。


「ずいぶん用意周到なんだな」


 おれはフィリスの左隣りにある巨大な杖に目をやった。


「ああ、これ?」フィリスはおれの視線を追う。


「黒刻のシアと戦うのだもの。礼儀としてこのくらいは用意しておかないとね」


 勝ち誇ったような微笑が気に障った。ダルムントの背丈ほどはありそうな巨大な杖の材質は、一見すると木のようだが、それにしては光沢が強すぎる。それに、杖台もないのに地面に自立しているのも気にかかった。


「あれは……?」


 カレンシアが不安な様子で尋ねてきた。


「わからん。何らかの魔術装置だと思うが、見たことがない……」


 おれは自らの無知をフィリスに悟られないよう、カレンシアに耳打ちした。

 実際こちら側の陣営も、何の用意もなくこの決闘に挑むわけではなかった。カレンシアの魔術構築を邪魔しない程度のアーティファクトをいくつか持たせ、実際それらを使った対フィリス用の戦闘訓練もカッシウス大浴場で行ってきた。


 だが、決闘に際して、これほどまでに大規模な魔術装置をフィリスが用意してくることまでは計算外だった。出力の高いアーティファクトは、限定的な場面では魔術を上回ることもある。だがその分、自らが使用する魔術と競合を起こす可能性も高い。


「そろそろお時間です」


 フィリスとおれたちの間に割って入るように、カノキスが告げた。


「この度の決闘の立会人を務めさせていただきます。ヴンダール迷宮、第5層の担当官カノキスでございます」


 カノキスはおれたちや観客に向けて簡単な自己紹介を行うと、決闘における選出者の確認、そして勝者が得るものと敗者が失うものについての最終同意を求めた。


「それで構わないわ」


「こちらも同意する」


 燈の馬、フォッサ旅団、それぞれの代表者であるフィリスとおれが同意すると、まだ広場の周辺でうろうろしている野次馬たちを遠ざけて、自らも建屋の柱廊に身を隠した。おれはスピレウスに頼み、見晴らしのいい建屋の屋上へと運んでもらった。


 広場の中心にはカレンシアとフィリスが、そして少し離れた神殿の前には小さな噴水が。エーテルはまだ静まり返っている。


 カノキスの持つ大型のエーテル時計が指定の時間を指し、低い鐘の音がなった。

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