第49話 翠玉と黒曜 ①
「え――このような再会になってしまい。誠に申し訳ない気持ちであるというのが本心でございます――」
謝罪から始まったカノキスの言葉は、次の章節を待たずに、フィリスの切先から発生した風によって途切れることとなった。
鋭利な刃物のような風が、カノキスの首元を刈り取る寸前、辛うじて間に合ったカノキスの障壁が、風と相殺し合って消えてゆく。
「よくこの場に顔を出せたわね。貴方がもう少しマシに立ち回れたなら、この殺し合いは避けられたというのに」
フィリスは剣に残った風を、回答次第ではもう一度ぶつけるぞと言わんばかりに、増幅させていく。カノキスは慌てて弁明を重ねた。
「それに関しては返す言葉もございません。しかし、それでも私は、探索ギルドのためにも、このままおめおめと事態を静観するのだけは我慢ならなかったのです」
「その結果が決闘ってわけ? よく認めさせたわね、そんなバカげた方法」
フィリスはおれに真っすぐ視線を移動させた。
「ロドリック。貴方がこの決闘という手段に、何か勝算を見出しているってことは分かるわ。いくら貴方が羊のようにか弱き生物だったとしても、無策で獅子に戦いを挑むほど、愚かではないでしょうから。でもね――」
そして切先で建屋の上に立つカノキスやスピレウス、ハリードなどを指しながら続ける。
「こいつらに何を吹き込まれたのか知らないけど、勘違いしないで、天地がひっくり返っても、貴方が私に勝てることはないの」
すごい自信だ。おれとしては10回戦えば1回くらいは勝てる実力差だと思っていたが、どうやらおれの方が自信過剰だったってことか! おれは鼻で笑った。その飄々とした態度が、余裕からくるものだと思ったのか、フィリスはため息を交じらせた。
「嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思って、今まで貴方には言ってなかったけど、私、第2ジルダリウス軍に所属していたとき、貴方の血族と戦ったことがあるの。もちろん貴方より数段上の装剣技の使い手だったわ」
彼女にとって後悔の残る戦いだったのか、それともそいつの陰におれの姿を見たからなのか、フィリスは心底申し訳なさそうに目を伏せた。
「そうだったのか……」
おれは知らなかった振りをした。だがフィリス。分かってないのはお前のほうだ。おれたちジルダリアの戦士は、お前ら魔術師とは違って個で戦っているのではない。血族同士で情報を共有し、兄弟や親の死を踏み台にして、いずれ来る決戦のときに備える。それを何世代にも渡って続けてきたのだ。当然お前がエミリウス家の一員と戦ったことは知っている。別にそのことに対して不満があるわけでも、恨んでいるわけでもない。ただ、やられっぱなしは性に合わない。それだけだ。
「この決闘を止める方法は一つだけだ、フィリス」
おれは言った。
「素直に負けを認めて燈の馬を解散させろ。それが嫌なら、衆目の前で痛めつけられたあと、ギルドによって強制的に解散させられるしか道はない」
フィリスは唖然とした表情でおれを見据えた。そして、おれが本気で言っているのだと分かると、クスクスと笑いを漏らし、ひとしきり笑い終えたあと言った。
「いいわ、やりましょう。私が賭けるものは燈の馬でいいわね? 貴方は何を賭けるの?」
「フォッサ旅団だ」
「それだけじゃ釣り合わないわ。こういうのはどう? フォッサ旅団は解散、貴方は私の配下としてエミリウスの名を捨て、第2の人生を歩む」
「いいだろう」
「あら、よほど自信があるのね」
フィリスは感心とも驚嘆とも取れる声で言った。
「自信なんかないさ、ただ、どっちに転んでも、おれにとってはそう悪くない未来だと思ってな。ペットになっても、大事に扱ってくれるんだろ?」
「もちろんよ。この遺跡を片付けたら、帝都に戻るつもりなの。貴方が私の側にいれば面倒な皇帝陛下の誘いも上手く断れるわ。帝都で一緒に政争ごっこでもしながら、次の戦争まで悠々自適に暮らしましょう」
「君が勝てたらな」
「不思議な人ね、貴方って。本当に勝てると思ってるの?」
「いや、おれには無理だろう。君の見立て通り、おれはエミリウス・ヘリナテスより弱い」
フィリスの目の色が変わった。彼女の心境を映すかのように周囲のエーテルがざわめく。
「だが、この決闘でフォッサ旅団を代表するのは、おれじゃない」
おれの視線を、周囲に居る全員が追った。行き着いた先に居たのは、もちろん彼女だ。
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