第48話 輝く未来 ②

 ――生きとし生けるものすべてに明日を、輝く未来を――


 ハリードが手印を編んでしばらく、エーテルで作った種が、上空から降り注ぎ始めた。フィリスが障壁の硬度を更に上げ、それに続いて路地の出口を塞いでいる燈の馬の連中も、騒ぎ始めると、カレンシアも落ち着きがなくなってきた。


「ロドリックさん、もっと近くに」


 動きを見せないおれにしびれを切らしたのか、カレンシアがおれの手を握り、障壁を作ろうとエーテルを練る。


「いいんだカレンシア。この魔術は、人間が対象じゃない。障壁を張っても意味はないんだ」


「何か、知ってるんですか?」


 杖を持つ手を降ろしたカレンシアに、おれは無言で小さく頷いた。


 政敵に喉を潰されたことによりティティア派を追放され、新たにタクチェクタ派を立ち上げた異端の魔術師ザーアガラザ。彼がタクチェクタ派の可能性の一つとして、長い年月をかけて開発した四つの連なる魔術。その1番目を担ったのが〝鳥花〟という魔術だった。

 鳥花は後に続く三つの魔術を成立させるため、広範囲にわたって下準備を行う魔術だ。その性質上、周囲に在るものすべてに作用するが、代わりにこの魔術単体では、ほとんど効果を示さない。


 エーテルの種は地面に吸収され、次々と消えていく。だが一向に、ハリードは〝鳥花〟を次の段階へ進めようとはしなかった。


 じっとこちらを見つめるハリード。もしかすると、これはおれに向けたメッセージなのかもしれない。おれは試しに、ハリードに見えるよう手印で応えてみる。


 使った手印は〝風鳥アプス〟これは鳥花ストレリチアを次の段階へ進める印だ。当然ながらおれには使用することはできない。おれが知っているのは手印と、その魔術が引き起こす効果だけだ。


 だがこの行動が功を奏したのか、ハリードは嬉しそうに目を細めると、背後にいる仲間たちに目配せした。リーダー代行の男が、満足したようにゆっくり頷き、再度前に出た。


「我らキルクルスは此度の戦い、フォッサ旅団と共に最後まで戦う決意でございます!」


 男が今までどこに隠していたのかと思うほどの声量で叫んだ。戦線はおそらく広範囲に散っている。ここからは見えない場所で、まだ戦っている者たちにも伝わるように、精一杯の声を上げてくれたのだろう。それに呼応するかのように周囲の建屋の屋上から、続々と喊声が響き渡る。キルクルスの実働員がどれほど居るのか知らないが、結構な数を連れてきたのだということは一瞬で分かった。男は続けた。


「だが無駄な流血を避けたいというのも本心であります。そこで我らキルクルスから、ひとつ提案がございます」


 男が眼下を見回した。おれは頷き、フィリスが続きをどうぞと言わんばかりに肩をすくめる。


「フォッサ旅団と燈の馬の禍根。探索ギルドに代々続く〝決闘〟の制度を以て、正々堂々解決してはいかがでしょうか?」


 仕込みは十分だったのだろう。喊声と共に、決闘! 決闘! とキルクルスの連中が一斉にかけ声を上げ始めた。


 この展開に一番驚いたのはスピレウスでも、おれでもない。フィリスだった。そして周囲の者たちの表情から、この状況がすべておれたちの筋書き通りだということに気付き、余計に困惑した表情を浮かべることとなる。


 それもそのはずだ。決闘とは代表者同士が1対1で戦うことにより、迷宮探索事業に損失を与えることなく、最小限の犠牲で以てクラン同士の揉め事を解決できるという、ギルド公認の制度だ。1対1でフィリスに勝てる人間は、帝国中探したってそうそう見つかるもんじゃない。フィリス自身もそれは分かっている。だからこそ、ここにきて決闘を選んだおれたちの神経を、よく言えば思惑が理解できないのだろう。


「私は別に構わないけど、条件のすり合わせはどうするの? それにギルドの立会人はどうやって手配する?」


 フィリスは余裕の表情だが、言動からはいまひとつ積極性が認められない。おれたちの思惑が分からない以上、不用意に飛び込むのは避けたいという心境だろう。やり始めたらとことんまでやるが、それを決断するまでは慎重を期す。昔からフィリスの性格は変わってないようだ。


「立会人は既に呼んでいます。カノキス殿!」


 男が手を打ち鳴らすと、隣からひょっこりカノキスが顔を出した。

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