第47話 輝く未来 ①

 建屋の上階からおれたちを見下ろす一団の第一印象は、味方だと分かっていても、正直、好意的に受け止められるようなものではなかった。


 各々が全く統一性のない装飾品や武具を手に、しかしその全員の瞳が、嬉々と輝いていることだけは、気味が悪いくらい一致していた。まるでこの混沌とした状況を、純粋に楽しみに来たとでも言わんばかりの顔つきに、異様な雰囲気を感じ取ったのはおれだけではないはずだ。


「ロドリック殿、お久しぶりでございます」


 その一団の中に、見覚えのある男が一人、仰々しく手を上げ、おれに向かって頭を下げた。キルクルスのリーダー代行として定例会議に参加していた男だ。


「来てくれると信じてたよ」


 おれは言った。男は顔を横に振ると、わざとらしいほど居たたまれない表情を浮かべる。


「いやはや申し訳ありません。本当はもう少し早く駆けつけるつもりだったのですが、場所と日時の調整に、少々時間が掛かってしまいまして」


 少々だと? よく言うよ。再三の共闘要請にも応じなかった上、戦いの直前にスピレウスを使者に送って、ようやく重い腰を上げただけのくせに。


 胸の奥に沸く、どす黒い感情を押さえようと唇を噛んだとき、男が思い出したようにハッと手を叩き続けた。


「おっと、そうでした。ロドリック殿の待ち人は私ではありませんでしたね。失礼しました」


 男はでかい腹を揺らして屋上の淵から引っ込むと、甲高い口笛の後、ひときわ大きく声を響かせた。


「愚民ども刮目せよ! 我らが偉大なるリーダー、真円キルクルスのハリード様の御身を!」


 まばらな拍手を受けながら、屋上の淵に飛び乗る男。


 その姿は、おれの想像の遥か斜め上をいっていた。


 全身を包む黒いローブ。長い襟で口元を隠し、乾ききった艶のない白髪が、肩や背中まで垂れている。

 対照的に、白髪とローブの隙間から僅かに覗く目元は、異様なほど若々しく輝いており、その小柄な体躯と相まって、子供かと錯覚してしまうほどだ。いや、むしろ男か女かさえも、確かなことは何一つないように思えた。


「あれがキルクルスのリーダーですか。なんか、変な感じです……エーテルが、落ち着かないというか、混乱しているというか」


 いつの間にかおれの側まで来ていたカレンシアが呟いた。


 彼女の言うとおり、ハリードの周囲のエーテルは若者特有の強引な魔力支配と、かどわかすような老獪さの両立でもって繋ぎ止められていた。その異質さはフィリスにも伝わっているのだろう、万事に対応できるよう、この瞬間も彼女は障壁を維持し続けていた。


「だが今は味方のはずだ。礼を尽くさないとな」


 おれはカレンシアに耳打ちすると、咳払いで喉を起こし、高らかに告げた。


「私はフォッサ旅団リーダーのルキウス・エミリウス・ロドリック! ハリード殿、この度は我が援軍要請に応じていただき感謝する! 共に悪しき燈の馬の無法者どもを打ち倒しましょう!」


 声は建屋と暗闇に反響し伸びていった。周囲に散らばっているフォッサ旅団の仲間たちにも聞こえるように、出来るだけ大きな声を出したつもりだ。ハリードに聞こえないはずがなかった。だが、待てども待てども、返答はない。もしや、こいつ……。


「カレンシア、障壁の準備を」


 おれが囁き、カレンシアと同時にエーテルを集めようとしたとき、ハリードがローブの隙間から右手を出した。


 細く、真っ白な手だった。だが問題はそこではなかった。


「あれ……ロドリックさんと、同じ?」


 カレンシアが驚愕の声を上げた。


 そう、ハリードは突き出した右手で手印を編み始めたのだ。

 真っすぐ立てた中指と人差し指を重ね合わせ、次に小指を立て、薬指と親指で輪を作り、胸に寄せ、手首を揺らし、鳥の翼のように何度も揺らす。


 まぎれもない、タクチェクタ派の代名詞ともいえる手印による魔術構築だった。


 しかし、おれが驚いたのはそこではない。


 奴が今から使おうとしている魔術。

 それは、声と共に一度すべてを失ったおれの師匠、ザーアガラザのみが辿り着けた境地、〝鳥花ストレリチア〟の魔術だったからだ。

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