第46話 風と閃光 ⑦

 カレンシアの〝水槍〟は、フィリスの障壁に当たると元の水のように弾けて、障壁ごとフィリスを包み込んだ。


 おそらくアイラが使う対魔術師用の戦法を踏襲した形だろう。アイラ本人ならここから水を媒介に障壁ごと相手を氷漬けにしようとするのだが、どうやらカレンシアはその逆をやるらしい。


 障壁越しにフィリスを包んだ水の膜は、一瞬のうちにして沸々と煮え立った。

 水が蒸発しないよう、カレンシアが上から圧力をかけ、それを嫌ったフィリスが内側から風で吹き飛ばそうとする。魔力に自信がある者同士の、地味だが熾烈な力比べは、しかし、決着を待つことなく終わることになった。もちろんおれのせいではない。


 確かにおれは、フィリスとカレンシアがせめぎ合っている隙にメロウの涙を回収し、カレンシアの加勢に回ろうとしていたが、その前に恐れていた奴らが先にやってきたのだ。


 カレンシアの後方から、列を成して現れたのは燈の馬の一団だった。人数はざっと見て20人ほどだろうか。足音に気付いて振り返ったカレンシアは、フィリスを攻撃していた手を止めて、咄嗟に自らを障壁で守った。


「今度こそ、勝敗は決したわね」


 フィリスは額に滲んだ汗を拭いながら、安堵の吐息と共に言った。


「投降するなら、命だけは助けてあげる。今すぐ武器を置くよう、貴方から他のフォッサ旅団の人間に伝えなさい」


 おれはカレンシアを見て、ソニアを見て、最後に周囲のエーテルを見た。皆不安と恐怖で押しつぶされそうになっていた。もう、これまでか。


「わかった。約束は守れよ、フィリス」


 おれは剣を地面に置き、手を上げた。カレンシアの後ろからは燈の馬の奴らの喊声が響き渡る。だが、何故かフィリスは浮かない顔で、路地の隙間から見える第4層の空を見上げていた。おれはフィリスの視線を追うように、顔を上げた。


 それは暗闇に浮かぶ、一筋の線だった。


 線はよく見ると一本の槍で、それを掴んでいたのは一人の男だった。


 男はまるで見えない坂道を一歩一歩駆け下りるように、虚空から段々と近づいて来たかと思うと、その勢いと加速度を利用するように、槍を投げ放った。


 槍はカレンシアに迫る燈の馬の集団に向かって、斜め後方から緩やかな放物線を描きながら落ちていく。何が起こったのかも分からぬまま、数人が槍に顔や頭を貫かれて息絶えると、ようやく喊声が悲鳴と混乱に取って代わった。


「絶対絶命だなロドリック!」


 槍を投げた男は、まだ虚空を縦横無尽に駆けていた。


 〝アーラアクィラ〟を使いこなせるようになれば、あんなこともできるのか……。


 おれがあのアーティファクトを使って異形の者と戦ったときとは、大違いの動きに、驚きを隠せなかった。


「フィリス! お前の悪行もここまでだ!」


 スピレウスが虚空から言い放った。その場にいた全員が顔を上げると、満を持したように、周囲の建屋の屋上から、次々と人影が姿を見せた。

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