第45話 風と閃光 ⑥

 熱線の正体は、投槍のように真っすぐと飛ぶ、一筋の炎だった。


「貴方のフィアンセが迎えに来たみたいよ」


 そう言うと、フィリスは瞬時にして炎の威力を計算し、それに見合った障壁を張る。風を織り込んだ3層にもなる多重障壁だった。


 小路の奥から飛んできた炎の槍は、フィリスの障壁とせめぎ合い徐々にその勢いを減衰させ、ちょうど3枚目の障壁を割るころに、消滅した。


 おれはこの隙を逃すまいとフィリスの背後から斬りかかった。


 フィリスはそれを読んでいたのか、風を使って飛び上がり、小路のどん詰まりで小さくなっているドルミドとソニアの前に着地した。


「これで形成逆転だな」


 おれは言った。逃げ場はない。先ほどの炎はカレンシアだろう。本来の想定とは違うが、幸いにもおれとカレンシア、二人掛かりでフィリスと戦う状況を作れた。


「あら、そうなの?」


 フィリスは不敵な笑みを浮かべると、振り返りざまに、立ち上がろうとしたドルミドの腹を突き刺した。


「ドルミド! 切先を引き抜け!」


 おれは叫んだ。美しい花には棘があるように、フィリスの風にも毒がある。どんな小さな傷でさえも、彼女の風の前には致命傷になりうるのだ。


 ドルミドは何も言わなかった。だがその目はすべてを覚悟の上だと言わんばかりに、おれをしっかりと見つめていた。


「――旋風」


 フィリスが小さく唱えた小さな風は、ドルミドの体を一瞬で蝕んだ。


 その場に崩れこみ、胸元をかきむしりながら喀血するドルミド。


「苦しいでしょ、それ、私のとっておきの魔術なのよ」


 フィリスは口角を上げながら、血も乾かぬままの切先を、ソニアにも向けた。


「ロドリックさん!」


 後方から、カレンシアの鋭い声と共に、大量のエーテルが吸い込まれていく。


 おれはその場に伏せると、マントを頭からかぶり、身を守った。


 ――水槍


 カレンシアの短い詠唱と共に、圧縮された水の塊が、風を切りながらおれの頭上を通過するのが分かった。


 出力の控えめな、しかも殺傷能力の低い水の魔術を使ったのは、おそらくおれとソニアを気遣ってのことだろう。にもかかわらずフィリスは、それを最上級の障壁で持って迎えた。


 フィリスがソニアに向けていた切先を、自らを守るために縦横に細かく振ると、周囲のエーテルは、まるで厳しい訓練を受けた軍団のように機敏にその形を整えた。


 芸術的とも思えるほど、美しい菱形格子状の障壁だ。


 威力の低い〝水槍〟を防ぐには、いささか大袈裟ではないかとも思えたが、フィリスが魔術の目算を誤ることは決してない。

 そしてその理由は、すぐに明らかになった。

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