第51話 翠玉と黒曜 ③

 緒戦は魔術師同士の戦いらしくエーテル支配戦から始まった。


 カレンシアは杖で地面を打ち、フィリスは細剣を胸に、剣礼の姿勢を取る。


 周囲の観客は固唾をのんで見守っていたが、何分経っても一向に動き出そうとしない二人の姿を前に、各所からざわつきが目立ち始めた。

 黙って見ていられたのはエーテルが見える一部の人間たちだけだった。見えない者からすればただ突っ立っているだけなのだろうが、おれからすれば少なくとも、毎月1回市民団体により開催されるチェッカーの試合より、戦略的かつ力強い駆け引きが連続する、素晴らしい戦闘が既に繰り広げられていた。


 エーテル支配戦における互いの動きと狙いは、カレンシア、フィリス両名ともほぼ一致していた。まずは支配下に置きやすい表層付近のエーテルを奪い合いつつ、大魔術を使用するための深層部分のエーテルにも手を伸ばしておくという戦略だ。


 相手を屠るためにどれほどの魔術が必要になるのか、その魔術の素となるエーテルが手元にどれだけあればいいのか。また自分の得意とする魔術と、エーテルの配置に折り合いをつけながら、戦いの土台を作っていくのが、魔術師同士の緒戦の立ち回りになる。


 その点だけで言えば、現状カレンシアが有利に立っていた。つまるところ、その膨大な魔力量にものを言わせて、効率や駆け引きを一部無視するかのように、強引にエーテルを奪い有利を取っていっているのだ。


 その状況にいち早く見切りをつけるかのように、先に仕掛けたのはフィリスだった。切っ先で円を描き、集めたエーテルを風に属性変化させ、カレンシアに向かって投じる。ほんの牽制のつもりだろう。だが、まともにくらえば無事では済まない威力の旋風だ。


 しかし、観客のどよめきを誘ったのは、フィリスの洗練された魔術ではなく、対するカレンシアの行動だった。


「旋風!」


 カレンシアはドライアドの杖を突き出し、その先端からフィリスが使った風の魔術と同じものを、その倍ほどの大きさで再現し、真正面からぶつけたのだ。


 風はフィリスとカレンシアの間でせめぎ合った。一見するとフィリスの旋風のほうが完成度は高かったが、それを補って余りあるほどにカレンシアの放った旋風は巨大だった。使用したエーテルの量が、そもそも桁一つ違うほど差があるのだ。

 数秒もしないうちに、カレンシアの旋風はフィリスの魔術を消し飛ばすと、暴風となって彼女に襲い掛かった。


 歓声が沸いた。フィリスの魔術を避けるでも防ぐでもなく、相手の土俵で迎え撃つという選択をしたカレンシアの心意気に対してだろう。

 さて、ここまでは順調だ。あとはフィリスがこの風を障壁で受けてくれれば良いんだが……おれは数週間前から、極秘でカレンシアと行っていた、対フィリス戦に備えての特訓を振り返ってみた。


 まずおれたちが行ったのは、フィリスの機動力を削ぐ練習だった。タイミングを考え、広範囲の魔術でフィリスの障壁を誘う。一度でも障壁を張らせれば、魔術師は自らの魔術を信じるためにも、障壁からそう簡単には出れなくなる。そうなれば純粋な魔術勝負に持ち込める可能性が高い。


 暴風はもうフィリスのすぐそこまで迫っていた。ここにきてようやく、この風がフィリスを飲み込んだ後どうなるのかという想像に至った観客たちが、悲鳴を上げながら建屋の中に我先にと押し合い始めた。


 フィリスはまだ動かなかった。魔力を直接見ることができるという彼女の瞳なら、とっくにこの状況を予想できていたはずだ。なのに避けもせず、障壁も張らず、ただ風に向かって真っ直ぐ剣を振り下ろしたあと、何事もなかったかのように目を細めて立っていた。

 風はとっくに彼女を通り過ぎていた。

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