第43話 風と閃光 ④

 振り抜いた剣が彼女に届くことはなかった。もちろんそれは5メートル伸ばした装剣技が空振りに終わったという意味だ。


 フィリスとの距離が遠かった。哲学的な意味ではない。現実として、5メートル程度だったおれと彼女との間合いは、おれが剣を振るったときにはその倍近くになっていたのだ。


「どうする? まだやる?」


 フィリスは杖代わりの美しい細剣を掲げると、ゆらゆらと挑発的に切先を揺らして見せた。


「まだまだ、本番はこっからだ」


 おそらくは風の魔術だ。絶妙なタイミングでおれの体を押し出して距離を稼いだのだろうが、このくらいは想定内だ。フィリス対策は、数年前からずっと考えていた。


「そう、じゃあ今度は私から行くわね」


 フィリスが切先を回しながら、周囲のエーテルをからめとっていく。


 大量のエーテルが次から次に切先に集まり、渦を巻き、風を起こす。さながら小さな竜巻と言ったところだろうか。


「旋風」


 フィリスの細剣から竜巻が放たれる。

 おれは僅かなエーテルをかき集めて装剣技を発動させると、隣の建屋の壁を破り、横跳びに建屋内部へ避難した。直後、ものすごい轟音と衝撃が小路を駆け抜ける。


「あら、逃げてるばっかりじゃ勝てないわよ」


 フィリスはあざ笑うように言った。

 おれは建屋越しに周囲のエーテルを観察する。かなりの量のエーテルが、既にフィリスの支配下にあった。しかし、多くの人間が魔術を使用する場所では、エーテルの流動性が高まっているため、それらをすべて支配下に置き続けるのはいくらフィリスでも不可能なはずだ。


 おれはフィリスの魔力の隙間を縫って、少しずつエーテルを集め、もう一度装剣技の準備を行った。


 装剣技は少ないエーテルで使用できるため、発動のタイミングを読まれにくいのも利点の一つだが、人の魔力をエーテルを介さず直接見ることのできるフィリスにはこの利点は通用しない。

 おそらく建屋内部に潜んでいるおれの位置も、おれから発生している魔力を介してある程度は把握しているのだろう。


 だが今回はそれを逆手にとる。おれは剣からメロウの涙を取り外し床に置くと、エーテルとの共鳴を断ち、忍び足でそっと2階に上がる。


 メロウの涙は人の魔力を貯蔵するのことできるアーティファクトだ。そしておれ自身は元々大した魔力は持っていないため、少し工夫すれば、フィリスの魔力探知から逃れることもできる。


 これでフィリスは1階に置いたままのメロウの涙に反応して、おれの位置を勘違いするはずだ。


 魔術を使わない、そして2階からの奇襲。この展開に強い既視感を抱えながらも、おれは意を決して窓から飛び降りた。

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