第42話 風と閃光 ③

 おれはフィリスの後方を歩いていた親衛隊の頭を踏みつけながら着地すると、その勢いのまま、フィリスの背中に切りかかった。


 装剣技は使っていないものの、膂力に任せれば鎧の上からでも十分な衝撃を与えられるはずだ。


 しかし、おれの刃がフィリスの体に触れようとした瞬間、彼女の内側から広がった障壁に阻まれ、剣ごと後方へ弾き飛ばされた。


 風か――


 障壁のエーテルは、フィリスが得意とする風の属性に織り込まれていた。おれはすぐ立ち上がる。だがフィリスは振り向きもせず、そのままドルミドとソニアの目の前で、カルファの胸を細剣で突き刺した。


「先生!」


 心臓を貫かれたのだろう。ソニアの腕の中で、静かに事切れていくカルファ。何か言い残すつもりだったのか、最後の力でソニアの頬に手を伸ばそうとするも、届くことはなかった。


「このクソババア!」


 逆上したドルミドがふらつきながら立ち上がる。ソニアは泣くばかりで動こうとしない。おそらくもう魔力がほとんど残っていないのだろう、ドルミドも立ち上がったはいいものの頭からの出血が酷い、戦力として当てにできる状態ではない。

 つまり、ここでカルファを優先して殺したフィリスの目的は――。


「ロドリック、無駄よ」


 エメラルドグリーンの美しい髪をなびかせながら、ようやくおれに向き直るフィリス。彼女の細剣の切先から発生する、ひりつくようなエーテルの脈動が、おれの心臓まで伝わってくる。まるで次はおれの心臓を貰うと言わんばかりの殺気だった。


「一足遅かったわね、もう勝負は決したわ」


「おかしいな、おれはまだ生きてるぞ」


「驚いた。まさか貴方、本気で自分がフォッサ旅団のリーダーだと思い込んでるの?」


 フィリスは背後に迫ったドルミドを、風の魔術で壁に叩きつけながら鼻で笑った。


「ここまでは全部、テリアとスピレウスが描いた絵よ。貴方はあの二人にいいように操られて、私たちと敵対するよう仕向けられてるだけ。てっきり、気づいた上でやってるのだと思ってたけど――」


 おれの表情から何かを察したのか、フィリスが切先を降ろして大笑いし始めた。


「ごめんなさい、だって、貴方が本当に、馬鹿みたいに騙されてるなんて、思いもしなかったから」


「もう黙れ」


 おれはフィリスの切先がこちらを向いていない隙を狙って、装剣技を発動させると、間髪入れずに剣を振るった。

 おれとフィリスとの距離は5メートルほど、装剣技を二重装まで発動させれば十分届く。


 真横に薙いだおれの剣は、周囲の建屋を切り裂きながらフィリスの胴体に迫る。この場所でおれが仕掛けた理由のひとつがこれだ。装剣技は防御不能の魔術、避ける以外に方法は無いが、この狭い小路では碌な回避行動を取れない。


 おれの剣が迫る中、フィリスはあの日の夜のような、不敵な笑みを浮かべたまま、その場から動こうとしなかった。

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