第41話 風と閃光 ②
おれの足音に気付いて振り返ったカレンシアが、観念したように歩道の縁石に座り込んだ。なんとか追いつくことができた。
「最近、ロドリックさんと、いつも運動してたから、もうちょっと、走れると、思ったんですけど」
息も切れ切れの様子のカレンシア。少しも走らないうちにおれに追いつかれてしまったのが不本意だったのだろう。おれはレンから貰ったアーティファクトのことは黙っておくことにした。
「たった一週間程度の訓練じゃこんなもんだ。これに懲りたら己の力に過信せず、出来るだけ魔力と体力を温存しておけ」
おれは小さめの革袋に入れた水を投げ渡す。
「でも、フィリスに、このままじゃ、皆やられちゃうって」
「だからって君が行ってどうなる? 今フィリスと戦っても、まず勝ち目はないぞ」
「じゃあ、皆が傷つくのを、黙って見てろって、言うんですか?」
「そうだ。その時が来るまで、何もせず、じっとしてろ」
「そんなの、無理です……」
立ち上がろうとするカレンシア、おれは彼女の肩口を指先で押し、バランスを奪い尻餅をつかせる。
痛い! 小さく悲鳴を上げ。「何するんですか」と口をとがらせるカレンシア。
「いいから黙って見てろ。フィリスはおれが……止める」
おれは言った。強がろうとはしたものの〝倒す〟などとは口が裂けても言えないところが情けない。
「大丈夫なんですか?」
おれの心中を察したのか、訝しげに首をかしげるカレンシア。
「おれを誰だと思ってる?」
「女たらしの、中年男性?」
「おおよその特徴は掴んでるようだな。だったら安心しておれの勇姿を眺めてろ。なんていったってフィリスも女だ」
そうですね。呆れたようにカレンシアが笑った。
「じゃあ、おれは先に行く。君は息を整えながら、ゆっくり追いついてくればいい」
「わかりました」
カレンシアと見つめ合い、どちらともなく唇を重ねたあと、おれは照れ臭さを誤魔化すように走り出した。
戦場とはもう目と鼻の先だった。おれはレンから貰ったアーティファクトを頼みに、大通りを全速力で突っ走る。戦闘はおそらく大通りではなく、比較的少人数でも戦線を維持しやすい小路で行われているはずだ。
おれは上手く敵の裏か側面あたりを突っつけないかと、大通り沿いの小路を一つ一つ覗いてみるも、密集した高層建造物に剣戟の音が反響して、戦場の全体像が未だ掴めないでいた。
こうなったら、イチかバチかどこかの小路に身を投じるしかない。諦めかけたそのとき、普段から品行方正なおれの祈りを、ここにきてようやく、マルス神が聞き入れてくれたらしい。
建屋を横切るフィリスの姿を、一瞬だけだが、小路の奥に確かに捉えた。
おれはすぐさま近くの住宅の屋上へ駆け上がる。大事なことなので書き記しておくが、この建屋は6階建てだ。おれは死ぬ気で階段を上った。
屋上に立って辺りを見回す。フィリスの進む方向に先回りするように、おれは屋上伝いに建屋から建屋へ飛び移った。
一番低い建屋の屋上へ飛び移ったとき(それでも3階建てだ)下ではちょうどドルミドの叫び声と、ソニアの悲鳴、そしてエーテルのどよめきが聞こえてきた。
おそらくこの真下で戦いが起きている。おれは覗き見た。フィリスが手下数人と共に、カルファを袋小路に追い詰めているところだった。
魔術や出力の高いアーティファクトは、フィリスの能力で探知されてしまうため奇襲では使えない。あいつとやり合うなら小細工は無しだ。
おれは念のためもう一段だけ階段を下り、呼吸を整えると、剣を構えて窓から飛び降りた。
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