第39話 開戦 ⑤
王宮の正門が開いたのは、おれが通り沿いの建屋に身を潜ませてすぐのことだった。
正門から姿を現したのは武装した十数名ほどの男たち。先頭の数人が松明を掲げ、その後ろでは魔術師らしき男が数人がかりで強固な障壁を展開させていた。
先遣隊ってところか。まあ、あれだけ派手にカレンシアが暴れまわったんだ。魔術による強襲を警戒するのは当然のことだろう。だがこっち側におれが居ることまでは想定していなかったようだ。
おれはタイミングを見計らい、大通りに面した建屋の窓から先遣隊の目の前に躍り出た。
想定外の事態に面食らう男たち。背後を突かなかったのはおれなりの情けだった。
おれは集団がおたおたしている間に装剣技を発動させると、先頭を歩く二人の男に向かって横一文字に剣を振った。
刃は魔術師が数人掛かりで張った障壁を紙切れのように切り裂き、男たちが持った松明を、その腕ごと地面に落とす。悲痛な叫びが暗闇に反響している隙に、おれはまた暗闇に身を翻し、近くの建屋で息をひそめた。
狂ったように発光魔術を使いながら逃げ惑う魔術師と、叫びながら手あたり次第に剣を振り回す男たち、今なら混乱に乗じて全員倒すことも可能かもしれないが、おれがここに居るということを知らせてしまった以上、魔力は出来る限り温存しておきたかった。それに、いくら敵とは言え、元同僚を刃にかけるのはあまり気持ちのいいもんじゃない。
おれは結局、先遣隊が王宮に逃げ帰るのを、何もせず見守った。次はどう出るつもりだろうか。もう一度先遣隊を編成する? それとも……。
しかし、数分待っても王宮からは誰も出てこようとしなかった。
どうした? 怖気づいたのか?
おれは相手の出方をひたすら待った。元々時間を稼ぐための立ち回りだ。相手が仕掛けてこないのならそれに越したことは無い。
既にこの硬直状態は10分近く続いていた。20分が経ち、30分を経過しようとしたころ。おれは無意識のうちに立ち上がっていた。
何かがおかしい。
別動隊とぶつかっているのはおれとカレンシアを除いたフォッサ旅団のほぼ全戦力だぞ。王宮に居るはずの本隊が援軍を出さなければ、勝負はあっという間に決するはずだ。
おれは冷や汗が止まらなかった。もしかすると、とんでもない見立て違いをしているのかもしれない。
おれは建屋の屋上に駆け上がると身を乗り出した。目をやったのは王宮とは逆方向だ。
南側で戦っているはずの喊声と明かりが、明らかに先ほどよりもこちらへ近づいていた。まさか、後退しているのか?
心臓が高鳴り、冷や汗が止まらなかった。
この王宮は単なる囮で、おれが別動隊だと思っていた方向にこそ、燈の馬の本隊がいたのだとしたら? フィリスは最初から、王宮に閉じこもってなど居なかったのだとしたら?
おれはすぐには動けなかった。まだ勘違いの可能性もある。そうと決まったわけじゃない。王宮の連中は、おれを惑わせるため、わざと動き出さないだけなのかもしれない。
おれの祈りにも似た希望的観測は、更に10分ほど経ったあと、松明を片手に大通りを駆けるレンによって打ち砕かれた。
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