第38話 開戦 ④

 明かりが消えてしばらく、カレンシアの杖から閃光が迸り、数秒遅れて王宮の見張り塔が火に包まれた。


「うわ、すごい……本当に届くんだ」


 カレンシアの〝火焔〟の完成度に、ソニアが感嘆の声を上げた。


「よし、始めるぞ」


 おれはいくつかの悲鳴と敵襲を知らせる鐘の音が鳴るのを合図に立ち上がった。


「リーダー、ご無事で」


 ドルミドとレン、そしてソニアがおれたちを見送る形で言った。


「お前らも――」


 これが最後に交わす言葉になるかもしれない。誰も言い出さなかったが、その瞳は口ほどに雄弁だった。戦いの前にしんみりするのは好きじゃあない。おれは言いかけた感謝の言葉を飲み込んで、自分の心配してろクソガキども、と吐き捨て、カレンシアと共に暗闇へと身を投じた。


 作戦は単純だった。おれとカレンシアが敵を挑発しながら王宮の注意を引き、ドルミドたちが発光魔術や篝火で陣営の偽装を演出している間に、闇夜に紛れて南下した本隊が、援軍に駆けつけようとする別動隊を奇襲するというもの。


 問題は援軍がどこから来るのか特定できていないということ、そもそも燈の馬が援軍を頼みに籠城を行っているのかすら定かではないということだった。


 ただどちらに転んでも本隊を移動させること自体は悪い判断ではないはずだ。ただし、それを王宮に居る燈の馬の連中に悟られないよう、おれとカレンシアが囮になるってのが前提だが……。


「カレンシア、おれの背中に乗れ」


 おれは言った。


「移動はおれに任せて、君は索敵に集中してくれ。城壁の周辺を見て、エーテルに動きのあった部分をピンポイントで攻撃してほしい」


「分かりました。練習どおりってわけですね」


 カレンシアはそういうとひょいっとおれの背中に飛び乗った。

 トレントに追われたときよりずっと重くなってて少々焦ったが、背中に感じる二つの確かな柔らかさは前回以上だ。悪くない。


「でも、くれぐれも反撃には気を付けてくれよ」


 背中に乗るや否や、城壁の上に立っていた人影に向かって炎を放つカレンシアに、おれは思わず補足した。

 訓練ではエーテルの流れから魔術の発生元を特定する工程までしかやっていなかった。相手も同じことをやってくるという認識に欠けている節はあるかもしれない。おれたちの強みはあくまで少数ゆえの機動力と、お互いに夜目がきくところにある。この優位性を最大限に活用するためにも出来るだけ手数は絞りたい。


 おれは王宮を取り囲む城壁の様子が確認できる距離を保ちながら、転々と移動を繰り返した。その間カレンシアは、城壁に上がった射手や、城壁の向こうから発光魔術で周囲を照らそうとする魔術師をピンポイントで攻撃していた。


 そんなことを10回ほど繰り返した頃だろうか、遠くから喊声が聞こえてきた。


「ロドリックさん……」


 カレンシアの弱々しい声が耳元で留まる。


 とうとう始まったのだ。おれは近くにあった4階建ての建屋に駆け上ると、屋上から声のする方向を見た。


「くそ……思ったより近いな」


 既に数多の発光魔術が使用されているのだろう。ひしめく建屋に囲まれて直接様子を伺い知ることはできないが、漏れる光がおおよその場所を示していた。


「助けに行きましょう」


「いや、あっちはあいつらだけでやれると信じよう。おれたちにはもっと重要な仕事がある」


 敵陣だと思っていた場所より遥か遠くからの喊声。これが何を指しているのか、王宮の奴らも気づいたはずだ。そして当然別動隊を助けるため、早急に援軍を送ろうとするはず。それを許すわけにはいかない。


 おれはカレンシアを下ろすと、剣を抜いた。


「マルスに祈れ」

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