第37話 開戦 ③

 王宮の見張り塔に取りつく、物々しい気配が見えるようになったのは、地上で言えば陽光に朱が混じるくらいの時間になった頃だろうか。


 見張り塔には弓矢や杖を持った男たちが忙しなく動いているのが遠目に確認できる。おそらくは燈の馬の連中だろう。


「リーダー、こっちです!」


 見張り塔からはまだ距離があったが、万が一の狙撃を恐れておれが部隊を通りの建屋沿いに隠そうと指示したとき、ひと際大きな屋敷の窓から、テオが手招きするのが見えた。


「テオ! てめえ!」


 隣に居たドルミドが顔を真っ赤にして屋敷の中に飛び込んだ。

 おれは部隊の一部に偵察と監視の指示を出し、残った者たちを率いて屋敷へと続いた。


「リーダー、来てくれたんですね!」


 屋敷の中には抗戦派のメンバーが全員揃っていた。愛弟子を抱きしめるカルファ、堅い握手を交わすロウ、そしてテオを殴りつけるドルミド、各々が様々な方法で再会の喜びを分かち合う中、掻き分けるように歩いてきたヘイルが、おれの前に出るなりうやうやしくかしずいた。


「指示に従わなかった上、突然の離団、誠に申し訳ありませんでした」


 どうやらこの場の陣頭指揮を執っていたのは、第3班の班長であるヘイルのようだ。おおかた暴走する若手を見捨てられずに一緒に離団届を出したのだろう。おれは言った。


「謝罪はこの戦いに勝ってからでいい。まずは状況を報告しろ」


「はい、俺たちがキャンプに到着したのが午前中、その後キャンプに滞在中だった燈の馬の一師団を撃破し、追撃しつつここまで攻め入ったのが正午過ぎ。現在は城壁を盾に防衛に徹する相手を攻めあぐねています」


「こちらの負傷者は?」


「かすり傷程度の者が2名、どちらも治療の必要はありません」


「そうか、それは良かった」


「ってか奴ら、あんなに威勢のいい態度だったくせに、いざ戦いとなると王宮から出てこないって、持久戦にでも持ち込むつもりなんすかね」


 ドルミドが卑怯者を嘲るような口調で言うと、周囲もそれに同調し、相手を侮るような発言をし始めた。


「お前らこの状況、何かがおかしいと思わないか?」


 おれは班員たちの気の緩みを諌めるように言った。


「といいますと?」


「いくら王宮に祭壇があると言っても、戦闘が長引けば補給線のない相手が圧倒的に不利だ。にもかかわらず何故、数で劣るおれたち相手に籠城戦を選んだ?」


「そりゃあ、戦争ってのはいつも防衛側が有利だからでしょう?」


「だが城に籠ってるだけで勝てる戦いなんかない。籠城ってのは本来、多勢相手に援軍を待つための戦法だ」


 おれの言葉にヘイルが目を見張った。


「奴ら、援軍を待って、俺たちを挟み撃ちにするつもりなのでは?」


 おれは頷いた。


「その可能性は高い。数は向うのほうが上だが、真正面からやり合えばお互い無事では済まないだろう。勝利後のことも考えるなら、損害は出来る限り減らしたいと考えるのは当然だ。おれたちをここで策に嵌めて一網打尽にするつもりなのかもしれない」


 問題は援軍がどこから来るのかだ。フリーの探索者を雇ったか? しかしそれは考えにくい。燈の馬の通行料の一番の被害者は弱小クランやフリーの探索者だ。おそらくはおれ以上に現在の燈の馬は一般の探索者から恨みを買っている。となると援軍のあては傘下に置いている中小クラン、もしくは……。


「どうしますリーダー、今すぐ攻めますか?」


 ヘイルの言葉に全員が殺気立つ。


「それじゃ相手の思うつぼだ。それに攻めてる間に援軍が来たらどうする」


「では、いったいどうするおつもりで? このままじっと待っていても埒があきませんよ」


「もちろんこのまま死を待つつもりはない。あと数時間で第4層の明かりが消える。そしたら闇に乗じて移動するぞ」


 おれはヘイルや数人の幹部らを手招きして言った。


「燈の馬の援軍あてはふたつ考えられる。一つは傘下の中小クラン、もう一つはおれたちに気づかれないよう分散させておいた別働隊だ。どちらにせよ、襲撃方向はある程度目星がつけられる」


「キャンプがある南側からですか……」


 カルファが髭を指に撒きつけながら言った。


「それと西側からだ」


「それはどういった理由で?」


 いまいち謀計についていけないヘイルが憚らずに言った。


「どちらもおれたちに逃げられると困る方向ってことだ。南側に逃げられればキャンプでもう一度防衛ラインを引かれる可能性があり、西側に逃げられればキルクルスの縄張りに入られる。おれが殲滅戦をする側なら、この二方向は必ず塞いでおく。そして東側だけを逃げ場として残しておき、じわじわとケツを食いちぎりながら追撃するだろう」


 幹部たちの顔がみるみるうちに青白くなった。


「おそらく相手が仕掛けてくるのは明かりが消えてからだろう。そしておれたちはその裏をかく」


 どうやって? おれはいっそう声を落とし、皆を近づけた。


「さて、その方法なんだが――」

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