第36話 開戦 ②
昇降装置を貸し切りにして、残った班員全員を第4層のキャンプに集めきったのは、昼下がりを僅かに通り過ぎたあたりのことだった。
昇降装置を一時的にでも私有化したことで、他の探索者の非難を受けるかと心配したが、抗戦派が一足先に列をなしてキャンプへやってきたことが功を奏したのか、ほとんどの探索者は異変を察してとっくにキャンプから退避していた。
だが問題は別にあった。それはテオら抗戦派はキャンプに下りるや否や、滞在していた燈の馬の一団を強襲し、その足で王宮へと進行したということだった。
「追いつけますかね」
レンが言った。もう手遅れかもしれない、そんな意味を含ませたような言い方だった。
こいつ、シェーリの大ファンだと言ってた割に抗戦派にも付かなかったし、やり返そうと息巻いて出発した癖に今だってすぐ諦めようとするし、何だか掴みどころのない男だな。おれがそんなことを考えている間に、ドルミドがレンの頭を小突いて怒鳴った。
「死ぬ気で追いつくんだよ!」
「痛いなあ、わかってますよお」
レンが殴られた場所をさすりながらか細い声を上げる。
「いや、既に待ち伏せされている可能性もある。レンは所属班長の指揮の元、何人か身軽な者を連れて斥候として動いてくれ」
「了解です!」
レンはぴしゃりと手を上げると、ばつの悪そうなドルミドの顔を見てほくそ笑み、同期の班員数人と共に走って行った。
「残りの者は斥候が戻るまでここで待機だ」
おれは部隊を急かそうとする者たちに釘を刺したが、実際は、スピレウスが戻るまでの間、少しでも時間を稼ごうと思っていただけだ。
「カレンシア、今のうちにちょっと」
「わかりました」
おれは現場の指揮をダルムントや残った幹部たちに任せると、カレンシアと共に適当な建屋の一室に籠った。ニーナがついてこなかったのはある意味都合がよかったのかもしれない。斥候が報告に戻るまでの数十分、おれはカレンシアとひと汗かくことができた。
「兄貴、レンたちが戻ってきました」
ドルミドに呼ばれて、おれとカレンシアは外へでた。
「キャンプの周囲と中央区画までの大通りを見てきました」
報告に来たのは第4班の班長であるタイラーだった。レンはその後ろでよそ見をしながら突っ立っていた。
「どうだった?」
「相手方の斥候が一人うろついてましたが、それ以外の人影は見当たりませんでした」
「そいつはどうした?」
「それは……」
口ごもるタイラーに代わってレンが手を上げた。
「はい、僕が殺しました」
は? おれは自分の耳を疑った。
「逃がしたんじゃなくてか?」
「最初は捕えようとしたんですけど、結構手ごわくて……」
おれはタイラーに向き直った。
「もしかしてこいつ、結構強いのか?」
「ああ、レンですか? そうなんですよ、生意気なことにこのガキ、元々2班に所属していたのでアーティファクトの適性もありますし、実戦経験もそこそこあるんですよ」
「まあ、人をやるのは初めてでしたけどね」
レンは照れ笑いしながら頭を掻いた。本当に掴みどころのない奴だ。見た目は大した苦労もせず、のうのうと育ったって感じの若者なのに。というかそもそも、軍属出身者でもないのに人を殺すのに躊躇しなかったのか? どうなってんだ最近の若い奴らは。
「とにかく、これで進行再開できますね」
ドルミドが言った。
「ああ、そうだな」
「他の班長たちに伝えてきます」
ドルミドは駆け出した。
おれは残ったレンが、得意気な顔で褒美か何かを待っているような気がして、落ち着かない気持ちになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます