第35話 開戦 ①
しかし、その日は前触れもなくやってきた。いや、違うな。前触れならあり過ぎるくらいあった。なかったのはおれの危機感だ。今日がその日になるという覚悟が、おれには足りていなかった。
「すまん、俺の力不足だ」
フォッサ旅団の事務所内、残った班員たちの前で深々と頭
を下げるスピレウス。
「謝るのはおれのほうだ。顔を上げてくれ」おれは言った。
報告によれば今朝方、テオらを中心とするフォッサ旅団の抗戦派が離党届を出し、現在第4層のキャンプに集結中とのことだった。
今この地上の事務所内に残っている班員はおよそ半分。つまりおれが判断を見誤ったせいで、フォッサ旅団は真っ二つに割れたってことだ。
「兄貴、これから、どうするんすか?」
いつも憮然とした態度のドルミドも、不安を隠しきれていない。
「そうだな……」
おれは周囲を見回した。ドルミドだけじゃない、皆これから自分がどうなるのか、そして戦地へと赴いた仲間たちはどうなってしまうのか、不安で堪らないのだ。
「お前らの中で軍属経験のある者はいるか?」
おれの質問に、数人がおずおずと手を上げた。
「今手を上げた奴らは、戦場がどれほどおぞましい場になるのか知っていることだろう。燈の馬はおれたちフォッサ旅団より数も多いだけでなく、装備も練度も似たようなものだ。真正面から当たれば、たとえ勝負に勝ったとしても、お前らの両隣に立っている仲間の内、どちらか一人は帰らぬ者になっているだろう」
全員の顔が強張っていくのが分かった。おれは続けた。
「おれもそれが怖かった。だから今までなるべく戦わずに済む方法は無いかと模索していた。しかし、今朝方出て行った半分の仲間たちはそうではなかったらしい。死よりも恐ろしいものがあると、信じて止まない愚かな人間だったということだ」
辺りがざわついた。おれは構わずいっそう声高に捲し立てる。
「だが、おれが戦場において最も嫌いなことは、友を見捨てて逃げることだ! お前らは自分だけが助かればそれでいいと考える卑怯者か! どうだ、答えてみろ!」
違います! 一番最初に答えたのはドルミドだった。そのあとを追うように、全員が次々と声を張り上げ決意を示す。
「リーダー、昇降装置の確保ができました」
場の高揚を見計らったようにレンがおれに耳打ちする。よし、第一段階はクリアだ。問題は仕込みが間に合うのかどうかだが……どの道この機を逃せばもう次はない。
「全員完全武装で正午までに昇降装置前に集合しろ! 今日こそ燈の馬の奴らに引導を渡してやるぞ!」
おれの発破で、一斉に歓声が上がる。そこからは早かった。各班ごとにまとまって物資補充の段取りや役割分担を手早く済ませると、終わった組から次々と事務所を飛び出していく。
全員が事務所から出て行ったあと、おれと共に残ったスピレウスが、班員たちを見送った視線を入口に置いたまま呟いた。
「間に合ったのか?」
「フィリスの件なら微妙なところだ。実践できるかは五分五分、通用するかどうかはそれ以下だ」
「もう一つの件は?」
「明確な回答はまだ貰えてない。だから最後の一押しはお前に頼みたい」
「また重要な役回りを押し付けてきたな」
「別に失敗しても気にすることはない、フォッサ旅団は全滅して、おれや幹部は見せしめとして王宮の門に吊るされるだけだろう」
「プレッシャーをかけるなよ……」
頭を抱えるスピレウスに、おれは笑って見せた。
「大丈夫、お前なら上手くいくさ。言ってみりゃ今回の抗争は、帝国の皇帝派と元老院派の代理戦争みたいなもんだ。おれたちが負けることを、あいつらだってよしとしないはずだ」
「だといいがな……」
くそ、胃が痛くなるぜ。肩を落とすスピレウスに、おれは大丈夫さ、とへらへらしながら肩を軽く小突いた。
もちろんこれは、おれなりの強がりでしかなかったが。
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