火園

第33話 前夜 ①

 予想どおりと言えば予想どおりだが、避けられたかといえば、それは及ぶところではなかったとしか言いようがない。


 シェーリの死以降、日に日に大きくなるフォッサ旅団内部の交戦派の行動に、おれは連日のように頭を悩ませていた。まとまりかけていた停戦協定はあっという間に白紙になり、迷宮は第1層から第4層まで、完全なる無法地帯へと変貌を遂げていた。


 そんな中でもまだ燈の馬との全面交戦に踏み切らないおれの姿勢を、弱腰だと判断したのか、それとも内通者だと疑ったのか、テオを中心に結成された若手の新派閥が、おれのリーダーとしての資質に疑義を唱え、フォッサ旅団を離反してでも燈の馬との全面戦争に踏み切ると言い出した。それが昨日のことだった。


「どう思う?」


 おれは自室に呼び寄せたスピレウスとダルムントに意見を伺った。


「俺は戦うべきではないと考える。まず勝ち目がない」


 ダルムントの率直な意見に、スピレウスが顔をしかめた。


「なぜ? 数の問題か?」


 部下の実力を侮られていると思ったのだろう。だがダルムントは「そうじゃない」と首を振った。


「一番の問題はフィリスだ。あいつは魔術師だが、ただの魔術師じゃない」


 スピレウスがおれを見る。


「ロドリック、あんたから見てもフィリスはそれほどまでに強いのか?」


「まあな」おれは答えた。


「少なくとも、一般的な対魔術師用の戦法は彼女に通用しない」


 その言葉にスピレウスは肩を落とした。


「テオたちにそれを伝えて、踏みとどまってくれればいいんだけどな……」


 おそらく無理だろう。テオの怒りは鮮血でなければ拭えないところまで来ている。問題は、テオたち若手を見殺しにしてでも停戦の道を選ぶのかということだ。おれはスピレウスに尋ねた。


「お前は、どうする?」


「俺は……」


 スピレウスは言い淀んだ。様々な葛藤があったのだろう、ひとしきり悩んだあと、申し訳無さそうに目を伏せながら口を開いた。


「こんなこと、立場的にも、無責任だと分かってはいるが……俺は、テオたちと一緒に戦いたいと考えている」


「正気か? 全員殺されるぞ。それに燈の馬が犯人だと決まったわけじゃないだろう」


「本気で言ってるのか? こんなことやるのは、デイウスくらいのもんだろう」


 デイウスか――それに関しては薄々おれも感じていたことだった。現にデイウス隊はシェーリの事件の前後から王宮に閉じこもって姿を見せなくなっていた。スピレウスの言葉ではないが、報復を恐れて引きこもっていると言われても仕方ない行動だった。


「お前以外の幹部はどうだ?」


 おれの前では本音で語れない幹部も、古株のスピレウスになら身の振り方を伝えているかもしれない。


「今のところ、3班と1班の班長は、若手たちを見捨てることはできないと言っている」


 つまり、強引な停戦に踏み切れば、幹部の一部も離反するということか。彼らを全員切り捨てて停戦したとしても、弱体化した状態では燈の馬に対抗することはできない。なんとか全員を繋ぎとめたまま時間を稼がなければ。


「とりあえず、お前のほうでももう少しだけ時間を稼いでくれ」おれは言った。


 怒りへの特効薬は時間だ。このままだらだらと時間を稼ぎ、出来事が風化してくれるのを待つのが現状の最善手だろう。


「わかった。出来る限りのことはやってみる」


 完全に納得は出来ていないのだろう。スピレウスは渋々といった表情で頷いた。

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