第31話 黒い草原 ②

 それは会議中、それぞれのクランの使者が、血相を変えて会議に飛び入り、自らの代表者に耳打ちしたことで明らかになった。


「そんなこと……まさか、妖精種にやられたのか?」


「損傷が激しいみたいでまだ何とも言えませんが、その……乱暴のあとがあったとのことです」


 レンからの報告に、おれとスピレウスは目を見合わせて立ちあがった。


 キルクルスのリーダー代理も同じような報告を受けたのだろう。おれたちを見ると、どうしようもないといった様子で肩をすくめた。


「いっとくけど、私たちじゃないから」


 フィリスが小さくかぶりを振った。スピレウスは睨みつけるとフィリスらを指しながら言った


「ほざいてろ! だが太陽は見ているぞ、いずれ貴様らの悪事は明らかになる」


「あなた達の軽率さもね、早く座りなさい。ここで席を立てば、より多くの命が失われかねないわ」


「なんだとこのアバズレ!」


「とにかく、今日の会議はここまでだ。おれたちは別件で話し合うべき用事ができた」


 おれは今にも飛びかかっていきそうなスピレウスの腕を抑えながら、部屋の出口まで移動する。


「ロドリック殿、お待ちください!」


 カノキスの制止を振り払い、コルネリウスとキルクルスのリーダー代理に会釈をし、廊下へ出る


「くそ! あの愚か者ども! ぶっ殺してやる!」


 廊下に出た途端、感情をあらわに怒鳴り散らすスピレウスを宥めながらレンと共に急いで昇降装置へ向かう。


「スピレウス、お前は地上で待ってろ」


「そうはいくか、俺もこの目に焼き付けて、やった奴らに、必ず報いを受けさせてやる」


「今のお前は冷静じゃない」


「冷静でいられるわけがないだろう。そういうお前だって、自分の顔、鏡で見てみろ」


 その言葉に釣られて顔を触ろうとしたとき、ふと自分が鬱血するほど拳を強く握り締めていることに気づいた。それでもまだ、表面上冷静でいられたのは、より感情的な仲間の姿に自分自身を投影して、どこか俯瞰的に見つめることができたからだろう。それはスピレウスも同じだったようだ。


 第4層のキャンプの一番端、霊安室代わりに使われている建屋の数ブロック前から聞こえてきた泣き声と、喚き声、そして怒号。それらの距離が近づくにつれ、スピレウスは静かになっていった。


「すんません、連れてきたときには、手遅れで」


 いち早く事態の対応に乗り出していたドルミドが、おれたちの姿を見るや否や霊安室の前で膝をついた。


「お前のせいじゃない」


 おれは言った。


「でも……」


「ロドリックの言うとおりだ」


 スピレウスはドルミドの言葉を遮るように肩を叩くと、引き留めようとするドルミドを横目に、霊安室の扉に手をかけた。


 扉の先では、大勢の仲間達が目頭を抑え佇んでいた。女たちは部屋の隅で抱き合いながらすすり泣き、部屋の一番奥では砕けた両拳と額から血を流しながら、仲間たちに押さえつけられるテオの姿があった。


 いったい何があったのか、そして何を見たのか、もう聞きたくもなかった。


「リック……」


 ニーナも一足先に呼ばれていたようで、開け放たれた扉の横からおずおずと顔を覗かせ、遠慮がちにおれの胸に身を寄せた。


「シェーリが……ねえ、シェーリが……」


「わかってる。何も言わなくていい」


 しかし、足を止めてしまったおれに反して、スピレウスは臆することなく霊安室の奥へと進んだ。


 途中で話しかけようとする者たちを手で制し、泣き叫ぶテオを無視して奥の扉を開き、そしてほんの数秒だけ姿を現した躊躇いを拭い去るように、彼女に掛けてあった白い布をそっと捲った。


「ロドリック」


 数秒遅れて追いかけてきたおれに、スピレウスは背中を向けたまま声を震わせた。


「助けてくれ、なあ、ロドリック」


「スピレウス――」


「俺は、俺はこのままじゃ、きっと、とんでもないことをしでかしちまう。エッポのときのように、また大勢の仲間を失うことになると、わかっているのに、でも、どうしても、許せないんだ」


 背中で語るスピレウスに、おれはかける言葉すら見つけてやれなかった。出来ることと言えば、彼の隣に立ち、一緒にシェーリの寝顔を見つめ、安らかな眠りを祈ってやることくらいだが、安らかだと言い切れるほどきれいな寝顔とは言えなかった。


「もう、いいだろ?」おれは言った。


 シェーリは直前、激しく抵抗したのだろう。左の頬は腫れ上がり、目の周りは黒ずんでいた。おれはスピレウスの答えを聞く前に、布を元に戻した。


「まずは彼女の旅立ちを、皆で見送ろう」


 彼女の行く先にユーリがいるのか、まだいないのかは分からないが、せめて彼女の魂があるべき場所へ還れるように、帝国のしきたりに則った葬儀を行わなければならない。


「そうだ、そうだよな……」


 スピレウスは小さく頷くと、テオを呼んでくれ、と呟いた。二人きりにさせてやろう――とも

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