第30話 黒い草原 ①
おれたちの抗争が激化していくにつれ、迷宮に挑む探索者の数は急激に減っていった。それはつまりギルドに納品される財宝やアーティファクトの減少を指しており、迷宮探索事業の破綻を意味していた。
このままでは迷宮探索事業が立ち行かなくなる。
状況を危惧した探索ギルドが投資家や政治家から資金を引き上げられる前に、本格的な解決に乗り出したのは秋も中頃に入ろうかという時期だった。
探索ギルド主体で開かれた緊急会議に召集される形で、燈の馬、フォッサ旅団、そしてキルクルスの三者がギルド本部の第1会議場に集められた。
「動くのが遅すぎるくらいよ」
ギルド側に文句を言うフィリスの顔は、少しやつれているように見えた。もちろん疲れているのはおれも同じだ。しかし、いつも余裕と閑雅を旨としていた彼女が、こんなにもまいった姿を見せる日が来るとは、それだけ厳しい状況ってことか。
「では、本題に入る前に、本日の立会人のご紹介をさせていただきます」
仕切るのはカノキスだ。第4層の担当ではないが、おれやフィリスとの親交を買われて抜擢されたらしい。この和睦交渉を上手くまとめて出世に利用しようという魂胆だろう。その意気込みを示すように、カノキスは仲裁の場に政界の大物をひとり連れてきていた。
「本日、忙しい合間を縫って、ご同席いただきました、コルネリウス・テリウス様でございます」
まばらな拍手と共に立ち上がったその男は、軽く会釈をすると咳払いしてゆっくり口を開いた。
「ただいま紹介に与りました。パルミニア市議員のコルネリウス・テリウスでございます。魚醤のコルネリウスと名乗ったほうが、皆さまの記憶に新しいかもしれませんが、今日はコルネリウス家を代表し、探索ギルドの歴史に刻まれる和睦交渉の立会人としての責務を全うしたいと考えております。よろしくお願いいたします」
歳はおれよりも一回りほど上だろうか、父親は帝国の元老院議員で、自身も市議員という立場からは考えられないほど物腰の低い男だった。こいつが買い過ぎた魚醤には随分助けられたってこともあり、おれは概ねこの立会人に好印象を抱いていた。
「進行は探索ギルドを代表して、わたくしカノキスめが務めさせていただきます。それでは本題に入りましょう」
カノキスが手元の資料に目を通しながら、最初はフィリスの、次はおれたちフォッサ旅団の言い分と和睦にあたっての条件を巨大な書字板に書きだし、項目ごとに妥協点を話し合うことになった。
会議は結局5日間続いた。
その間も末端たちのいざこざは無くならなかったが、議題は少しずつ、だが着実に進んでいった。さすがはジンテグリアの奇術師と呼ばれるだけのことはある。カノキスの手にはいつも見えないサイコロが握られていて、誰もかれもが奴の手のひらで転がるというが、こうも順調にことが進んでいくと、あながち嘘とも言えなかった。
そして議題が大詰めを迎えた5日目、最終日。
この日を会議の最終日と位置付けた、ある重大な出来事がおこる。
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