第27話 軽率と軽薄 ②

 時刻は第3夜警時。

 場所は第4層キャンプの一角、うらぶれた居酒屋の裏口だった。

 酒に酔った一人の男が、同じくらい酔っぱらった5人の男に囲まれて、何やら因縁をつけられていた。堕落した大人同士の些細な喧嘩、ここではよくある光景だ。


 特筆すべき点は、因縁をつけられている男はフォッサ旅団の探索者だということ。そしてその周りを囲んでいる5人の男は全員〝燈の馬〟所属の探索者だということだ。


 一見するとフォッサ旅団所属の男が不利に見える。強気な姿勢で喚いてはいるものの、胸倉を掴まれ、壁に押し付けられ、既に一発殴られている――いや、こうしている間にもう一発殴られた。


 そろそろ頃合いか。おれは仲間たちに目配せした。


「おい! そこまでだ」


 おれの掛け声を合図に、周囲の建屋から物騒な男たちが続々と姿を現す。こいつらはフォッサ旅団の各班から預かった血気盛んな若者たちだ。その手には、相手を殺さず痛めつけることができる、キャンプでの使用が適切な獲物が握られている。


「なんだお前ら……」


 今からフォッサ旅団の探索者一人を、寄ってたかってボコボコにするつもりだった5人は、突如としてひっくり返った状況に、まだ事態を上手く飲み込めていないようだった。


「こっからは俺たちの番だってこった」


 胸倉を掴まれていたフォッサ旅団のメンバーは、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、目の前に居る男の金的を蹴り上げた。身がすくむ思いでそれを見届けたところで、戦いの火蓋が切って落とされた。


 勝負は一瞬で片が付いた。


 相手は何の準備も覚悟もできていない酔っ払い。対するこちらは選りすぐりの素面たちだ。4人をしたたか殴りつけて地面を舐めさせたあと、残る一人を羽交い絞めにして、ようやくおれたちの目的が達成されようとしていた。


「兄貴、本当にいいんすか?」


 選抜メンバーの中でも、最も血の気の荒いドルミドが、獲物を振り上げた状態でおれに最後の確認を申し出てきた。


「死なない程度にな」


 何度も言うが時刻は第3夜警時。第4層のキャンプは発光魔術のおかげで朝から晩まで煌々としているが、もうあと数時間もすれば夜明けだ。それが何を意味するのか、ここに居る全員が分かっていた。


「数が居なきゃ何もできねえクズが、報いを受けろ」


 ドルミドが棒を振りかぶり、地面に押さえつけられている男の腕を折った。この男がフォッサ旅団襲撃事件における犯人の一人だということを知ったのは、つい三日前のことだった。居酒屋の娼婦相手に、フォッサ旅団を強襲したことを武勇伝として騙るばかりか、命乞いをするフォッサ旅団の真似までしながら嘲っていたところを、偶然にもそこに居合わせた関係者が目撃していたのだった。


「まだまだこんなもんじゃ済まさねえぞ!」


 仲間の仇、そして日ごろの鬱憤を晴らすかのように、他のメンバーも容赦なくその男に暴行を加えていく。布を噛まされ、くぐもった声で必死に赦しを求める燈の馬の男。


「お前はそうやって命乞いした俺らの仲間に、何をしたって言ってたっけ?」


 ドルミドの冷え切った瞳の奥に何を見たのか、男は顔を地面に擦りつけながら嗚咽を漏らし始めた。


「ダセえな、さっきまでの威勢はどうした?」


「泣いてんじゃねえぞ、子供かおめえは!」


 囃し立てる周囲を制し、おれは押さえつけられている男の髪を掴んで顔を上げさせた。


「おれはロドリック、守銭奴ロドリックだ。よく覚えておけ、おれの顔と名前を、そしてフォッサ旅団に手を出すと、どうなるかってことをな」


 男は鼻や口から血を流し、朦朧としながらもなんとかおれから赦しを貰おうと、必死で頷き続けた。


「あとフィリスに伝えとけ。この間と同じ条件でなら、和解してやってもいいってな」


 伝言を託されたということは、命だけは見逃してもらえるということだ。男は安堵に気が緩んでしまったのか、力なく頷くとそのまま意識を失った。


「くそ、根性無しが」


 おれは手を放し、血で汚れた拳を男の外套に擦りつけながら立ち上がった。


「そろそろ撤収するぞ」


 まだ鼻息の荒い班員たちは、おれの指示に渋々ながらも従い、現場に残った痕跡の隠滅を行う。そんな中、ドルミドだけが思いつめた顔で、じっと気絶した男を見つめていた。


「おい、ドルミド」


 まだ気が済まないのか? そう言おうとした瞬間、ドルミドが手に持った棍棒を勢いよく振り下ろし、男の背中を打った。重い一撃だった。大勢の恨みを乗せ、数多の無念を込めた一撃だ。


 鈍い音が響き、気絶した男は激痛のせいか、エビのように体を反らせて飛び起きた。しかし悲鳴を上げる間もなくまた痛みで気絶すると、静かにその場に崩れ落ちた。


 代わりに悲鳴を上げたのは、誰でもないドルミドのほうだった。

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