第28話 軽率と軽薄 ③

 十分な報復に満足したおれたちが、地上へ戻って祝杯を挙げるころには、その光景はすっかり笑い話になっていた。


「あんなのずるいだろ!」


 ドルミドは大袈裟に眉を顰めながら席から立ち上がると、気絶していたはずの男が飛び起きて、また気絶した一連の動作を再現し皆を笑わせ、喝采を誘っていた。


「むしろ俺はあのときのドルミドのびびりっぷりが、目に焼き付いて離れねえよ」


「そら言えてら! あん時はなんか差し迫った感じの雰囲気だったから受け入れちまったけど、何で殴ったほうが驚いて叫んでるのか意味が分かんなくて、笑いそうになっちまったよ」


 ポウジョイはロウと意気投合すると、その光景を見ることの叶わなかった者たちのためにカップを空にして立ち上がった。

 そしてロウは気絶した男役、ポウジョイはドルミドの役を演じ、悲鳴を上げながら飛び退くドルミドの様を再現してみせた。


「まるでソニアがワーラットの糞踏んだ時みたいな声じゃねえか」


「私だって、あんな声ださないよ」


 ポウジョイの大袈裟な金切り声に、更なる拍手喝采が送られる。


 当然ドルミドが黙って見ているわけがない。同期かつ同世代の二人は歓声の中、取っ組み合いの喧嘩を開始し、すぐさまスピレウスによって店の外へと放り出されることとなった。


「外で頭を冷やしてこい!」


 しかし語気を強めても、顔の緩みは隠せていなかった。


「普段はこんなに羽目を外す奴らじゃないんだけどな」


 スピレウスがおれのカップに葡萄酒を注ぎながら言った。


「最近暗い話ばっかりだったからな、たまには賑やかなのもいい」


「なら良かった」


 スピレウスはおれがカップの葡萄酒を傾けたのを見届けると、ふうっとため息と共に背もたれに寄りかかる。


「ここらが落としどころか?」


「そうだな」


 おれは周囲の馬鹿騒ぎを眺めながら答えた。


「なんだかんだでフィリスは条件を呑む。燈の馬にとって、当面の活動資金は喉から手が出るほど欲しいはずだ」


「だとしても、禍根は残るか」


「もちろん。いつかは決着をつけなければならない日がくる。そうなる前に共通の敵でも現れてくれればいいんだが」


「下層の妖精種どもを仮想敵にするのは無理か?」


「いい案だが、それなら北塔の攻略も燈の馬と合同でやることになるぞ」


 おれは丁度戻ってきたドルミドらが、所属の班長に小突かれながらおれに謝罪しようとするのを手で制し、スピレウスに言った。


「北塔の攻略はエッポの悲願だったんだろ? 手柄を譲る形になってもいいのか?」


「それなら問題ない」


 スピレウスは馬鹿で弱くて、それでいて誰よりも愛されていた一人の男の姿を思い出すように目を細めた。


「あいつは――エッポはそんな細かいこと、きっと気にしない」


 そうか。そうだな。きっと、そうなんだろう。


 おれは立ち上がると、葡萄酒の入ったカップを高く掲げた。反動で少し零れ、頭に引っかかったが、おれも今日は、細かいことは気にしないでおくことにした。


 おれの行動に気付き、次第に静まっていく喧騒。班長が班員の肩を叩き、先輩が後輩のケツを蹴り、ものの数十秒もしないうちに、全員の注目が集まった。


「フォッサ旅団に!」


 おれは高らかに叫ぶとカップを傾けた。


『フォッサ旅団に!』


 全員がそれに続く。


 おれが葡萄酒を飲み干すと、すかさずスピレウスが追加の葡萄酒をカップに満たした。皆も飲み終わったカップに互い互いに注ぎ合う。


 そして全員にまた葡萄酒が行き届いたあと、おれはもう一度声を上げた。


「エッポに!」


 そう、エッポもこの場に居るべきだったのだ。


 カレンシアは優しく見守るような笑みをおれに向け、ニーナはガラにもないおれの姿に呆れたような薄笑いを送った。

 宴の場は最高潮を迎え、班長らが班員たちの目も憚らず、涙を浮かべておれの元へ駆け寄ってくる。


 自分でも、こんな感傷的な気持ちになったことに驚きを隠せないでいた。

 

 いい酒ってのは、いつも男に新たな一面が存在していることを気付かせてくれるだけでなく、魔法が解けたあとに憤死するほどの恥辱をもたらしてくれるものだ。


 いや、それならば愛も同じか。

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