第23話 危局 ⑦
「魔術師だったのなら、最初からそう言えよ」
おれは飛び退き、装剣技を指先に纏わせながら言った。
魔術を隠していたのは、おそらくおれの油断を誘って倒すためだろう。魔術師だと分かっていれば、最初からこちらも手加減はしなかっただろうからな。
「こんな程度の魔術しか使えない人間を魔術師とは呼ばんだろう。この小さな土くれを動かすのにも、何日も前から仕込みが必要なんだ」
大男は自嘲気味に鼻で笑うと、革袋に入っていた一握りの土を取り出し地面に撒き捨てた。そして力なく腕を上げ、再度構えを取る。
まるでここからは正々堂々、魔術無しでやり合おうと言わんばかりのふるまいだ。
今更そんな都合のいい話がまかりとおるわけがない。そうは分かっていても、本格的な魔術戦を行って死人を出したくないおれは、一縷の望みを拳に託し、装剣技を解除する他なかった。
「あんたが理解のある男で助かるよ」
大男が心にもない謝意を述べた。
ここからは一転して、おれが距離を詰めていく側になった。呼吸を整え、攻撃の機会を伺いながらじりじりと近づいてくるおれに対し、しかし大男は根を張ったようにその場を動こうとしなかった。
見た目以上に負っているダメージが深いのかもしれない。
そんな都合のいい解釈で自分を納得させられれば良かったが、大男が地面に撒き捨てた土に僅かだが漂うエーテルの残滓に気が付いてしまい、おれはこの勝負に男同士の矜持を持ち出そうとしたことを、情けなく感じた。
おれは一歩一歩、着実に足を踏み出す。
そして撒き捨てた土に靴底が着こうかという瞬間、素早く足をひっこめた。
「騙せたと思ったか?」
ビシッと乾いた音と共に鋭い棘のように変質する土くれ。足首ほどの高さまで伸びた棘を、冷めた目で見ながらおれは言った。
「驚いた。噂どおり勘のいい男だな」
「そうでもないさ、帝国じゃあお前みたいな戦い方をする魔術師は珍しいみたいだが、おれの生まれた国では、戦いってのは勝てさえすれば大抵のことは許される風潮にある」
「へえ、だったらあんたはナイフを投げる以外に、何をやって見せてくれるんだ?」
大男はまだ諦めていないのか、不敵な笑みでおれを睨みつけていた。
「そうだな……」
おれは腰に隠した2本目のナイフに手を伸ばす。大男が警戒の色を見せたのもつかのま、突如糸が切れた人形のように膝を付き、力なく地面に突っ伏した。
「おい、ダルムント」
倒れた大男の後ろには、棍棒を握るダルムントが得意気な顔をして立っていた。
「まさか、大きなお世話だとは言わんだろう?」
「そのまさかだとしたら?」
「劣勢にも見えたが」
「そういう振りをしていただけだ」
「助けを呼ばれた気もしたが」
「おれじゃない、ドルミド辺りだろ?」
「そうか、じゃあそっちに行くとするか」
ダルムントは笑いを堪えながらおれに棍棒を投げ渡すと、他の奴の殴り合いに参戦しに行った。
あまりにあっけない幕切れに、おれは行き場のない闘争心と奴への同情を込めて、気絶した大男の腹を蹴り上げた。
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