第22話 危局 ⑥
この戦いで誰かの命を奪うつもりはなかった。
おれのナイフは大男の足先辺りを目標に緩い放物線を描いたが、身体の末端を狙ったせいもあってか、大男が振り返った拍子にいとも簡単に外れてしまった。
だが嘆いてばかりいても仕方がない。地面に突き刺ささったナイフに大男がたじろぐこの瞬間を逃すまいと、おれは意を決して駆け出した。
槍でも投げそうなおれの助走に、大男は咄嗟にガードを固めて、先ほどと同様けん制のような左拳をまっすぐ突き出す。
つい今しがたこの左拳を掻い潜るように避けたおれは、何故か窮地に追いやられることになった。おそらく何か仕掛けがあるのだろう、それが魔術的なものなのか技術的なものなのか……どちらにせよ、おれに出来ることはひとつだけ。
おれは右足で強く地面を踏みつけると、駆ける勢いのまま高く跳躍した。
掻い潜るのがだめなら飛んでみろって寸法だ。しかもおれは跳躍力にかなりの自信を持っている。それに、多少の体格差があったとしても、人間の足ってのは往々にして腕より長いもんだ。
飛び上がったおれは空中で大きく体を捻ると、大男の左拳の上から側頭部を目掛けて蹴りを放った。
木槌で柱を打った時のような鈍い音と同時に、ブーツ越しでもわかるほどの衝撃が足に伝わってきた。
手ごたえありだ。
おれはまだ残る身体の回転を利用してもう一撃、空中から大男の肩口にブーツの踵を振り下ろす。
さすがにこれは利いたのか、大男が後ろによろめいた。その有様に微かな勝ち筋を見たおれは、着地と同時にみぞおちに一発、膝をついて殴りやすくなった顎に一発、苦し紛れに振り回した大男の拳を、仰け反るように躱しながら腹に蹴りを一発、連続にお見舞いしてやった。
更に追撃しようと体を低く踏み込んだときだった。
先ほどおれを窮地に追い込んだものの正体が、大男の腰の辺りから、とうとうその姿を現した。
「手の込んだイカサマだな」
「そりゃお互い様だろう」
それは土だった。
大男の腰から吊り下げられた革袋に入っている土くれが、エーテルを纏って革袋ごと勢いよく動き、懐に飛び込もうとしたおれの頭を打とうとしたのだ。
どおりでやけに結び紐が長い小銭入れだと思った。まんまと騙されたが、不思議なことに今回は無傷だった。
おれは視線を横に滑らせた。カレンシアが杖を持った手とは逆の指先を、こちらに伸ばしてウインクしている。
革袋は開口部から幾ばくかの土を零しながら、おれの顔の真横でエーテルにその動きを阻まれていた。
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