第20話 危局 ④

 相手側の魔術師はカレンシアが無力化してくれているため、今は放っておいてもいい。他の隊員たちも今のところ何とかなっているようだ。目下おれが気にしなければならないのは魔術師を守るように立ちはだかるこの大男だけか。


「やってくれたな。お前がロドリックだな」


 おそらくおれが脱退したあとに燈の馬に加入したメンバーなのだろう、面識はなかったが、相手がおれのことを快く思ってないということだけは分かった。


「いや、残念だが人違いだ」


 大男は思いもよらなかった回答にきょとんとしたが、すぐにからかわれていることに気付き顔を赤くさせた。


「この野郎、ふざけやがって」


 体のデカさは大体ダルムントと同じくらい。おれが殴った部分はやや赤く、唇から血が滲んでいるが、それだけだ。足腰にまでダメージを残せてはいなかった。


 おれはダルムントを探した。できることなら相手を代わってほしかったし、体格的にもそうするべきだと思ったが、それは叶わなかった。


 不意打ち気味に放たれた大男のデカい拳が視界の端に映り、おれは咄嗟に屈んでそれを避けた。

 大男とおれの間には十分な距離があったはずだが、思いのほか素早い奴だった。しかも避けざまにおれが放った腹部へのカウンターは、あまりダメージを与えているようにも見えなかった。


 おれは大男の脇を回り込むように動きながら、更に数発、顔面を打った。しかし肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに、大男は顔面でおれの拳を受けると、力任せの裏拳を振り回してきた。おれは地面を転がるように間一髪それを躱し、大男から距離を取った。


「ちょこまか動きやがって、このチビが」


 お前からすればグランパルナの彫像となった神々すら、全員チビになっちまう。

 おれは文句を言いたい気持ちをぐっと堪えて息を整えた。相手は見た目どおりタフな男だ、これは長い戦いになるかもしれない。


 おれは無駄な身体の力を抜き、いつでも最速で動けるよう自然と半身に構えた。対する大男はその丸太のような太い腕で鼻先から顎、そして心臓を守るように小さく構え、じりじりと距離を詰めてくる。


 パンクラチオンの構えだ。イグとは違い、基本に忠実で体格に奢らない教本どおりの構え。こいつはおれみたいなすばしっこいのと戦うことに慣れている。


 となると次の一手は出来る限りコンパクトなけん制打を繰り出してくるはずだ。


 射程圏内に入った。大男の左肩が僅かに下がる。


 その瞬間、おれは踏み込み、大男の顎に置かれていた左拳は一直線におれへと突き出される。


 予想どおりだった。


 おれは男の懐に飛び込みながらその拳を躱すと、男の左手が戻ってくるより早く、腹部に数発拳を見舞ってやった。



 そして、気が付くとおれは宙を舞っていた。

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