第19話 危局 ③

「貴方と一緒に迷宮へ下りるの、なんだか久しぶりな気がします」


 昇降装置の中でカレンシアが呟いた。


「そう言われれば、そうだな」


 ギリギリまで昇降装置に人を詰め込むため、おれとカレンシアは互いの鼓動すら感じられるほど体を密着させていた。ちなみにおれの後ろにはダルムントがくっついている。


「最近、ロドリックさん忙しそうであまり一緒に居られなかったから、こうやって側に居られるのが、嬉しいです」


 カレンシアが口を開く度におれの胸元辺りに吐息がかかり、こんな状況だと言うのに、おれはついついその気になってしまった。カレンシアがそれに気づき、顔を赤らめてうつむく。


「その……地上に戻ったら、します?」


 おれの胸に手を添わせながら、消え入りそうな声で呟くカレンシア。男には堪らない状況だろうが、おれはそれどころではなくなっていた。なぜなら腰辺りにさっきからダルムントの立派なのが押し付けられていて、これからやる側なのか、はたまたやられる側なのか、頭が混乱しそうになっていたからだ。


 一風変わった性癖に目覚めそうになるのを堪えながら、おれは昇降装置が下りきるのを待った。十数分ほどで昇降装置は第4層に到着したが、やっとのことで解放されたと思ったら、新たな問題に直面することになった。


 昇降装置の前では案の定、大勢の見物客に交じり、燈の馬の奴らが待ち構えていた。数は確認できるだけで10人ほど、昇降装置で下りてきたおれたちより当然多い。だがフィリスは居ない。


「ビビるなよ。行くぞ」


 おれは言った。数的不利には変わりないが、だからといってこちらにこれ以上の後続があるわけでもない。時間を掛ければかけるほど状況は悪化するだろう。おれはゲートが開くや否や燈の馬の連中に向かって駆け出した。


 多勢相手に躊躇うことなく先陣を切るおれの気迫に当てられたのか、燈の馬の奴らも慌てて獲物を片手に構えを取った。さすがに大勢の見物客の前で殺しをするつもりはないのか、それぞれが持つのは木製の棍棒や小さめのナイフばかりだ。そしてその中で一人だけ、毛並みの違う獲物を持った男が居た。


「魔術師だ! カレンシア、使わせるな!」


「はい!」


 細い木製の杖を握り締めた男が、周囲のエーテルを操作しようと目を閉じる。


 それを阻止するかのようにカレンシアの魔力が、一瞬で辺り一帯のエーテルを支配下に置く。


 おれは目の前の大男が棍棒を振り下ろすより先に、速度を乗せた拳で思いっきりその顔面をぶん殴った。


「リーダーに続け!」


 その一撃を皮切りに、おれに付いてきてくれた専属部隊の隊員たちが、我先にと敵集団になだれ込む。


 数では劣っているものの、こうやってみるとフォッサ旅団の隊員たちも中々いい勝負をするもんだ。さすが報復専門部隊に立候補するだけのことはある。

 特にドルミド。やや細身だがその長い手足を使って上手く立ち回っている。おれと戦ったときより腕を上げたのかもしれないな。


 さて、おれは振り返った。さっき殴り飛ばした奴が、もう立ち上がっていた。

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