第16話 搦め手 ④

 高い買い物だったが、その翌週には効果が表れた。


「こうやって話すのは久しぶりね、ロドリック」


 馬鹿みたいにでかい机を挟んで向かいに座っているのは、フィリスとその護衛のためについてきた数人の男ども、そして燈の馬と懇意にしているという噂の探索ギルド幹部。

 対するこちら側の陣営にはおれを中心に、ヘイルやカルファと言ったフォッサ旅団の幹部が数人、そして何かあったときのために、カレンシアとダルムントがおれの後ろで立っている。それと――一応、ギルド幹部のカノキスがこちら側の席に座ってはいるものの、こいつの目的はいまいち掴めないため頭数には入れないでおく。


「ああ久しぶり、最後にあったのはおれの寝室でだったかな?」


 おれの挑発によって一気に殺気立つ燈の馬陣営。すかさずフィリスが訂正する。


「相変わらず、面白い冗談を言う人ね。今日この場を設けた理由は、まずフォッサ旅団への謝罪を非公式だけど行いたいと思って、私の部下が貴方たちに迷惑をかけたわ、ごめんなさいね」


「謝って済むことだと思ってるのか?」


「貴方たちの憤りは分かるわ、でもよく考えてもみてロドリック、貴方が王宮で私たちに対してやったことだって、許されることじゃないわ」


 デイウスとのことか? おれはすぐさま反論した。


「デイウスはおれたちを殺そうとした、おれだけじゃなくニーナやカレンシアも手に掛けようとしたんだ。生かしてやっただけありがたいと思ってもらわないとな」


「私が受けた報告では、頭のおかしくなったフリーの探索者2名と共に、貴方とカレンシアとニーナが王宮に忍び込んできて、挙句大暴れしたってことだけど」


 フィリスの受けた報告は概ね事実だ。だが事情は大きく異なる。


「そもそも最初に王宮で暴れたフリーの探索者とおれたちは全く関係がない、それに王宮はお前らの物でも何でもないだろ。誰がいつ何人でやってきたってお前らの許可なんて必要ないはずだ」


「どういう事情であろうと、私のクランメンバーが傷つけられたのは事実でしょ、だからこれで手打ちってことには出来ないかしら」


「話にならないな」


 席を立とうとするおれをフィリスが止めた。


「待って、だれも巨大クラン同士の全面戦争は望んでいないはずよ。私たちはどこかで落としどころを決めるべきじゃない?」


「ほう、だったらどこを着地点に考えてる? 言ってみろよ」


「フォッサ旅団メンバーに限り、王宮に立ち入ることを永続的に許可するわ。もちろん今後フォッサ旅団から通行料を取ることもしない」


「それで、見返りに何をしてほしい?」


「フォッサ旅団が報復行為にでることを貴方から禁じて、それと――」


「燈の馬が懇意にしている業者から買い取った装備品を、格安で流してほしいってか?」


 先回りしておれが答えると、フィリスが怪訝な顔で訂正した。


「貴方たちが買い取った額と同じでいいわ」


 おれは鼻で笑った。


「その代わりツケで、だろ?」


 おれに同調してフォッサ旅団陣営から一斉に笑いが漏れる。


「何か問題――」


「お断りだね」


 言いかけたフィリスの言葉を遮って、おれは宣告した。


「その条件は飲めない、こちら側が提示する着地点は、フォッサ旅団を襲ったクランメンバーを全員追放処分にしてギルドの定例会議で正式に謝罪すること、あとはギルドの条例に基づいた賠償金を支払うこと。この二つを履行すれば装備品をツケで売ってやろう」


 強気なおれの姿勢に、フォッサ旅団の幹部たちが歓声を上げる。


「それはできないってこと、さっきの説明で分からなかった?」


 フィリスがその声に苛立ちを滲ませる。


「貴方が逆の立場だったら、他クランとのいざこざを収めるために身内を切るなんて真似できる? 貴方がフォッサ旅団のために強硬な態度を取らざるを得ないように、私だって燈の馬のために立ちまわらなければいけないの」


 彼女が言わんとすることは十分理解できる。さすが元老院議員たちのお気に入り魔術師なだけある。強力な魔術師ほどいかれた価値観を持つ傾向にあるこの国で、フィリスは珍しくまともな思考回路を持った第一級魔術師だった。だがそのまともさが、おれみたいな相手には仇となるということを知るべきだったな。


「知ったことか、話は終わりだ。帰るぞ」


 もちろん全面戦争なんておれも望んじゃいない。フィリスの言うとおりどこかで妥協点を見つけて和解する必要があるとも思っている。

 だがそれは今じゃない。もっと相手を追い込み、適切なタイミングを見計らう。


 おれは今度こそ席を立ち、部屋をあとにした。

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