第15話 搦め手 ③

 店長に案内されて、おれとスピレウスは奥にある簡単な客間に進んだ。集合商業施設の1階、しかも奥まった一角だということもあって採光はあまり良くなかった。薄暗い部屋の中央には天板に御影石が嵌めこまれた木製の円卓が鎮座しており、卓の中心には香木を焚いたような香りを放つ蝋燭が揺らめいていた。


「さて、先ほどうちの者がご注文をお聞きになったと思いますが、念のためもう一度ご確認させていただいてもよろしいでしょうか」


 店長は円卓におれたちを着かせると、改めておれたちの真意を伺った。


「ああ、何度でも言ってやる」


 おれは躊躇うことなく再度注文を述べた。


「在庫がないとは言わせないぞ」


 隣でスピレウスが凄む。


「いやあ、困りましたね」


 店長は苦笑いでそう呟くと、おれの目をしっかりと見据えながらこう告げた。


「ロドリック様が今ご注文された品は、来週別のお客様に納品する予定の品でして、今おっしゃられた量の1割程度でよろしければすぐにでも融通できるのですが、それ以上となると、お断りせざるを得ません」


「納品する予定の相手はフィリスだろ? おれたちはあいつらの2割増し、しかも納品前に全額払うぜ、商売人ならどっちを取るべきかは明白だろ」


「真の商売人とはお客様との信頼関係を大事にするのですよ」


 店長はそう言ったが、ほんの一瞬だけ頬がひきつったのをおれは見逃さなかった。


「ツケにした代金を取りっぱぐれることになっても、同じセリフを吐けるかな?」


「ふむ……」


 おれの意味深な言葉に店長が僅かに身を乗り出した。


「何か事情があるのであれば教えていただけますか? これからの信頼関係の構築にも影響を及ぼすかもしれませんので」


「別に大した事情なんかないさ、ただ、迷宮探索事業は近いうち新たな変革期に入る。第4層もある程度探索が終わって、前ほどうまみのある場所ではなくなってきているからな。どこのクランも金を稼ぐために第5層を目指さざるを得なくなる。そうなったとき、王宮を占有している燈の馬のことを、疎ましく感じるのは仕方のないことだろ?」


「先日のフォッサ旅団とのトラブルもそれが理由ですか?」


「まあな。そしてこれは終わりではなく始まりだ。消耗品ひとつとってもツケでしか買えない燈の馬を、全員で王宮の座から引きずり下ろすためのな」


 おれはそこまで言うとスピレウスとアイコンタクトを取る。


「泥船が沈んだとき、最後まで乗ってた人間のことを、誰かが助けてくれるだなんて思わないほうがいいぞ」


 そしてスピレウスが忠告という名の脅し文句で締めくくった。少し小物っぽいセリフ回しだったが、どうやら効果はあったらしい。


 店長はおれとスピレウスの目をじっと見つめると、大きくため息を吐いた。


「2割増し、確実に払えるんでしょうな?」

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