第12話 前哨戦 ⑤

 もはやこの場に居る穏健派はおれだけと言ってもいい。頼みにしていたスピレウスでさえ、苦い顔で腕組みしているだけだった。こんな状態では、おれが無理やり押さえつけてこの場を凌いでも、若い奴らが暴走するのは目に見えていた。


 燈の馬とフォッサ旅団、両方の内情と戦力を知っているおれから言わせれば、まともにやり合えば天地がひっくり返ったってフォッサ旅団は燈の馬に勝てない。それほどまでにフィリスは強すぎる魔術師なのだ。


「勘違いするな、今おれが言ったのは、あくまで表向きの対応だ」


 おれは飛び交う怒号を掻き消すように、大きな声で言った。


 先月までのおれならこんなクランがどうなってしまおうと、関係ないの一言であしらえたのだろうが、今はもう他人事だと割り切るには、情がわきすぎてしまった。


 おれの言葉の続きに耳を貸そうと、徐々に全員が落ち着きを取り戻す。周りが見えず喋り続ける数人の若者たちも、班長に静かにするよう諫められた。


「お前らが燈の馬に劣ってるとは思わない。だが動員できる数はあっちのほうが遥かに上だ。まともにやり合っても多くの犠牲者を出すことになる。なので表面上はギルドへの被害届の提出と、燈の馬への抗議に留める」


「その裏で暗躍するってことか?」


 スピレウスが皆を代表するかのように尋ねた。


「そうだ。燈の馬の泣き所はおれがよく知っている。嫌がらせはおれの得意分野だ。おれが敵だったころ辛酸を舐めさせられたお前たちなら、そのことは良くわかってるだろ?」


 古参メンバーが何人か苦笑いするのを見て、おれは続けた。


「それでだ。燈の馬の連中に一矢報いるためにも、各班から1名ずつ隊員をおれに貸してほしい」


 部屋中にどよめきが起こる。それを掻き分けるようにヘイルが口を開いた。


「1名だけでいいならうちの班は可能ですが……具体的にどういった人材が必要なのか、企みの詳細を説明していただきたい」


「おれがやろうとしていることの詳細については追って説明する。人材に関しては、そうだな……なるべく腕っぷしの強い奴がいい」


 おれが含みを持たせてニヤリと口角を上げると、やろうとしていることにある程度の当たりをつけた数人の若者たちが、所属班の班長に対して自分のことを押すよう頼みこむ声が聞こえた。


「では、各班長は選抜する班員を決めたら明日中にスピレウスに報告しろ。スピレウスは取りまとめておれに報告を」


「質問なんだが、班長自らが志願してもいいのか?」


 スピレウスが言わんとすることはすぐに分かった。今回襲われたのは1班と2班の班員の一部だ。スピレウスは今でこそほとんどの時間をおれの補佐として動いているが、名目上は今でも2班の班長だ。その手で直接、班員たちの仇を取りたいと思うのは当然のことだろう。だがそれを許すわけにはいかない。


「言い忘れたがことが落ち着き次第、各班は通常業務を再開すること。よって指揮官である班長が選抜部隊に立候補することは許さない。今回被害にあった1班と2班も同様だ」


 おれは念を押すように続けた。


「全員くれぐれも勝手な真似はするな。燈の馬の連中には必ずおれが報いを受けさせる。それまでは大人しくしておけ、安い挑発に乗って騒ぎを起こすなよ」

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