第11話 前哨戦 ④
不幸なことに第3層の簡易祭壇には先客が居た。おれたちはすぐ不幸の押し付け合いを始めることになったが、決して褒められる方法ではなかったので詳細は割愛させていただこう。一つだけ言えるのは、ババを引いたのは先客の方だったということだ。
第4層から連れてきた治療師の腕が良かったのは、退廃的な気持ちになっていたおれたちにとって嬉しい誤算だった。
先輩のほうが私なんかよりずっと上手ですよ。そう謙遜する治療師は一人目を正午過ぎまでに治療すると、少し休憩して二人目に取り掛かった。この調子なら今日中に十分間に合うはずだ。おれはこの場を他の者に任せ、スピレウスと共に一旦地上へ戻ることにした。
「燈の馬の仕業だろうか?」
昇降装置で戻る最中、スピレウスが言った。
「可能性はある」
「目的は何だと思う?」
「警告ってところだろう。誰も殺してないし、襲った時間も治療が十分間に合うであろう早朝、それに半分は怪我人を運べる状態に留めて置いた」
「警告か……それにしたってやり過ぎだ。俺たちを舐めてるとしか思えない」
スピレウスは怒りを抑えるように、両の掌を強く握りしめていた。もちろんスピレウスの言うとおり、侮られていること自体は否定しないが、ここまでの大事になった原因はこちら側にもある。王宮での大立ち回りに加え、燈の馬からすれば裏切り者でもあるおれを新リーダーにするなど、ある意味挑発とも取れる行為を立て続けに行ったのだ。しかしスピレウスをはじめとしたフォッサ旅団の面々には、その認識はなかったらしい。
フォッサ旅団が借りている事務所に着いて、集まっているメンバーに重傷者全員の治療に無事着手出来たことを報告したとき、改めてそのことを認識させられた。
「すぐにでも報復するべきだ!」
ヘイルがそう言って机を叩いた。この男はフォッサ旅団幹部の一人、第3班の班長として主に補給任務に従事している。どうやらおれたちが来るより先に、襲われた一団の中でも比較的軽傷で済んだメンバーが、幹部たちに襲われた時の状況を詳しく報告していたらしい。おれたちの登場は、燻った炎に油を注いだようなものだった。
「ロドリック殿はどうお考えですか、此度の燈の馬の連中のしでかしたことに対して、どういった対処を想定しているのですか」
ヘイルの隣に座る年輩の魔術師が言った。こいつは〝せせらぎのカルファ〟フォッサ旅団に所属する魔術師の一人だ。白くて長い顎髭を、こじゃれた三つ編みっぽくしているが、そのうちおれがちょん切ってやる予定だ。
カルファの長所は拙い魔力から発揮される凡庸な水属性魔術でもなく、無駄に偉大すぎる師匠の影から忍び寄る重圧でもなく、どんなときでも冷静沈着なその性格のはずだった。
しかし、そんな彼すらこの場の熱に当てられている。こりゃよっぽど酷い襲撃内容だったのか、もしくは報告者が話を盛り過ぎたのか。
「燈の馬に抗議文書を送るつもりだ」
おれはそう答えた。
「場合によっては話し合いをする用意もある」とも続けた。
一瞬辺りはしんとなった。
「それだけですか……?」
そしてカルファがぼそりと呟いたその言葉が、沈黙を打ち抜く引き金となり、部屋中から一斉に抗議の言葉が飛び交った。
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